2019年3月23日土曜日

コンサート情報など

コンサート情報など

〜ドイツ生まれのバリアフリー楽器
‘ヘルマンハープ・コンサート in 島原城’
平成31年3月30日(土曜) 13:30〜15:00
島原城観光復興記念館 入場無料

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〜青い目の人形〜リトルメリーと仲間たち
 ‘日米親善人形交流と島原’展 2019
平成31年3月21日(木曜・祝日)〜4月7日(日曜)
09:00〜17:30(最終日は〜15:00)
島原城観光復興記念館 入場無料

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島原シャンソン コンサート
LA POMME DE LA CHANSON(ラ・ポム・ド・ラ・シャンソン)
2019年4月13日(土曜)
開場13:00 開演13:30
松崎美術館 チケット 1,000円

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第40回 マンドリンコンサート
4月28日(日曜)13:30開場 14:00開演
島原文化会館大ホール 入場無料

レプリケーターと結膜浮腫

夢の話。
レプリケーターが出て来た。
何かのソード20本とダマスカスを40本頼んだ。
戦争でも始めるのかと思われそうだけれども
それぞれの剣に数値データがついてて
ばらつきがあるという商品ということだった。
なんと、夢の中ではリアルタイムに家に転送されてくる。
家に届いた剣、計60本。

数値はともかく、実物は1本ずつあればいいということに
途中で気付いて、うえさまに悪いことしちゃったなぁと後悔。
数値はともかく、磨けばいくらでも切れ味は上がるはずなのに。
夢の中だけど、うえさまは最後まで律儀に送ってくれましたよ。
私の頭の中では資源の無駄だと反芻しながら…。

目は違和感が少し収まった。
まだ鏡は見ていないのだけれども。
webで調べてみたら、どうやら結膜浮腫というものらしかった。
原因は多分、花粉アレルギー。
アレグラ錠を事前に飲むことで予防ができるだろう。
外出する時は、しばらく飲まないといけないかもしれないなぁ…。

2019年3月22日金曜日

目に違和感

昼頃から目に違和感があった。
左目の外側の白目が変。
充血はしているものの肉っぽい。
鏡で見つめながら顔を右にやると視界が狭まる。
眼球に圧力がかかった感じ。
はみ出た肉?が圧迫しているのかも…。

病院に行くのがいいのか
とりあえず明日以降に考えよう。

rと甲羅干し

島原城の敷地内に島原文化会館という施設がある。
8年後に老朽化と耐震の関係で取り壊しが計画されているそうだ。
敷地内にあるものだから文化財という扱いらしく
改築や補強の工事ができないのだとか。

島原市の文化団体などで、文化会館を8年後以降も
可能な限り長く使いたい、という市民の意見書を
数を集めて提出するようにしているのだそう。

別の知り合いに聞いたところ
島原には、そういうのの音頭を取るリーダー格がいないのだと。
グループで進めてはいるようだけれども
途中で頓挫するのでは? とも。
そういう彼は、島原城の正門を復元したい
という考えを持っているようだった。
島原城は、今は車で登城できるように
観光用に新しく敷いた道がメインで使われている。
正門は、文化会館のある方角…。

少し前に、長崎市にある出島の正面の橋が
復元された話があったけれども
そういう話を聞いたものだから、うちも…と
なって心に火が点いたのかもしれない。
島原に来てから、大手門というのがあってね
みたいな話は、ちらちら聞いていた。
大手門は、正門とはまた別の門の話だけれども
今の島原城に復元工事をする際に
何らかの理由で大手門は復元されなかったのだとか。
惜しむ声が当時はすごく強かったのだと
何かで読んだか聞いた気がする。

彼自身はみなんめ(南目)の方の方らしい。
若い時は東京で30年ほど働いていたのだとか。
それから島原で活動をしているらいいのですが
建築の設計をされているらしい。
佐世保の骨董市の企画主催もされているそうで
この4月にも予定されているそう。
今年は客寄せに世知原茶を使ったお茶会を企画されているそう。
模型を造っちゃうのがこういう仕事をする人だなぁと想うのですが
見れば片面にrがついている。
聞けばどうやら障子でrをつけるらしい。
といっても竹素材ではないらしいので別のところで工夫されるそう。

島原の地元の方は、私にとっては親しみやすい方が多いのですが
彼にとってはそうでもないらしい。
新聞に名前が出ると、しばらくは近所からのやっかみが
続くらしい。
彼自体は島原に馴染んでいるし、地元のために
働いていらっしゃるのですが
そのご近所さんはもしかしたら
島原に住んでいる年数という定規だけで
彼を計っているのかもしれない。

以前、金物店のご主人から
島原は目覚めている方が多いよ、という話を聞いていたのだけれども
スピリチュアルでよく言われるように
全ての人がそう、というわけではない、ということみたい。
ちなみに今日は草亀の小さいこたちが甲羅干しをしていた。
浮き玉は水を吸って膨らんでいたけれど
あのこたちの口のサイズには大きすぎるような気がする。
柔らかくなったところを頑張ってつついて食べるのかな…。

コブシの花と吉四六さん

コブシの花が咲いていた。
咲き始めではなさそうだったから
しばらく前から咲いていたのだろう。
子熊の兄弟が登って花を食べるような話を
子供の頃、教科書に載っていたのではあるまいか。

久々に吉四六さんにお会いしたので
メモ程度に何か残しておこう。

2800年頃前(およそ縄文時代後期)の鉄器が
あちこちから発掘されていること。
南方の諸島から日本人のルーツがありそうだ、ということ。
ガタスキー,石川県の水上の家の造りの話。
山窩(さんか)と呼ばれる、いわばジプシーのような
移動民が少なくとも島原半島全域にいたということ。
現在でも島原地区にも山窩の集団があるらしい、ということ。
山窩の住む地域を背振と呼んだこと。
島原城の元々の大手門が売り出されて小浜方面に移設されたこと。
猿石と呼ばれていた文化財が消失してしまっていること。
事実を事実と認めない権威の話。
キリストが福の神の話。
外港辺りにお住まいの霊能者の話。
『喜』の印象など。

背振山というのが佐賀県と福岡県の境辺りにあったと想うのだけれども
あそこは自衛隊の演習場があったのではあるまいか。
子供の頃に魚を食べに連れて行ってもらったものだった。
四国の狸信仰の話にも、通じるものがあるような気がする。
山女の話はどこで読んだだろうか。
山に惹かれて山の中に入っていく女性が多かったのだとか。

南方ルーツの話は、黒潮に乗って渡ってきたのでは、という
話があるのは聞いたことがあった。
大陸渡来説が現在では定説になっているけれども
陰謀論を齧ったことがある人なら日ユ同祖論もあるわけですし
日本自体が島国なものだから
ルートを1つに限ってしまうこと自体がナンセンスな気はする。

ちなみに吉四六書房は店舗としては閉じるらしいのですが
amazonで中古書の販売活動は続けられるのだそうです。
あのご主人の話をサロン的に聞けたら
10年位は退屈しなくて済みそうな気はする。
島原市と大三東の境辺りにお住まいなのだそう。

以前は榊原郷土資料館のご主人に従事されていたらしい。
島原の過去の資料は10冊その時に作られたらしく
その内1冊は、吉四六さんがお持ちなのだそう。
島原市の図書館には収蔵されていないのだそう。

2019年3月21日木曜日

久々に歌ってみた。

久々に歌ってみた。
新しくラベル作ったほうがいいかなぁ…。(ぬぬぬ…

【歌ってみた】第5の夢・そっくり人形展覧会(ア・カペラ)

Pixabayの権利表示のお願い、の方法が変わったので
とりあえずこの動画から対応しよう。

曲自体は谷山浩子さんのですね。
歌以外のところは相変わらずできないので、しない方向で…。(笑)

近所のお好み焼き屋さんは、よいどーれの団員さんらしい。
ちょっとだけ、仲良くなれたかもしれない。

2019年3月20日水曜日

龍の卵

先日、龍の卵を見かけた。
勝手に私がそう呼んでいるだけなので
正式な名前は知らないのだけれど…。
青い不思議な実。

見かけたものは、割れていた。
天候のせいなのか、それとも、虫などのせいなのだろうか。
綺麗な実なだけに、割れていると、ちょっと無残。

ながさきオーガニック・マルシェ

ミニコンサートだった日に中島川沿いで
ながさきオーガニック・マルシェがあっていたらしい。
チラシはもらってたんで眺めると
行ってみたかったお店とかがちらほら。
時間がたっぷりある時に居合わせたらな、なんて
過ぎたことに後悔してみる。

グルテンフリーのお店もあったらしい。
グルテンフリーの考え方は
もっと日本でも広まるといいと想う。

グルテンフリーとは何か? 基礎から解説
 (オリーブオイルをひとまわし様)

2019年3月19日火曜日

今日の徒然

ぐったりとした気持ちで今朝は目が覚めた。
夜型なのにこんな時間に起きるなんて…。

昨日から想い立って、島原のグループの見学を始めた。
見学だけ…と何度も断っているのに
楽譜を渡されて一緒にどうぞ、状態でした。

偽るのはちょっとどうかと想うので
以前所属していた団体は…と話すと、どうしても
『合唱経験者』というラベルを貼られてしまうものらしい。
団体の名前と、そこに伴うイメージが
彼女らにとってはどうも先行してしまっているようで
彼女らが期待するほどのことができているのか
分からない私にとっては、プレッシャーががが…。

『若さ』もそこに輪をかけているのかもしれない。
合唱団の平均年齢…は、まぁグループによっては
差はあるのだろうけれども、概して高い傾向にある。
その…昔から合唱をしている世代の人は
すごく多い人数で歌っていた経験があって
その頃がピークだったという幻想を抱いているのだと想う。
ベビーブームだったから子供が多かったわけで
その子が育ったから母数が増えて分子も増えたと。
ついでにバブルもあったので
華やかな衣装を身につけて歌う、おコーラスが
ブームだったのかもしれないなぁ…。

夢は追いかけてなんぼ、なのかもしれないけれど…
それで心を若くして永い人生を楽しく過ごせるのなら
そういう形もありなのかもしれないなぁ…。

話は変わるけれども、先日、NPCさんのミニ・コンサートに
参加させてもらいました。
カフェオレは入れたけど、あれでよく寝なかったなぁと
我ながら感心する。
前夜に眠れた時間は4時間かな。
もうちょっと少ない気がする。
ずっと寝付けなくて…その延長で携帯のアラームに起こされた。
夢は見なかったから、熟睡だったのだろうけれど
9時間位いつも寝るのに比べれば全然足りない…。
午前中に声出しさせてもらったのに
居眠りしてしまったら喉がリセットされちゃうので
気を付けてはいたけれど、そういうのって
不可抗力だと想う。
幸いにも睡魔に襲われることなく舞台に上がることができた。

薬の時間調整も頑張った…と想う。
頭痛が出なくて本当に良かった。

オフの主催をしていた経験が1つ活かせたのかな。
団員だよって肩書きの魔法と
パンフレットの魔法で背中を押してもらって
初めて会う人たちとインスタンスで雑談を開始する。
自分の少ない引き出しから相手に合いそうなものを
あれやこれ、引っ張り出しては試していく。
相手が話したそうな時は聞きに回って
同じ想いを想像して共有する。
話題に詰まったら、ちょっと目先を変えて
別の視点からの話題を振ってみる…。
ほんの少しの時間だけれど、その人の世界にお邪魔させてもらう。
説明の仕方があっているのかは分からないけれど…
私にとっては、そういう感覚かなぁ。

今朝の感覚は…よく分からないモヤモヤがあるからなのかもしれない。
今日は長崎に行くので
親友に相談してみようかな…。

長混へは、復団という形になるらしい。
入団費を払う気満々だったのだけれども
まぁ、いいかな…。(笑)

グループ、なぁ…。
チャットルームに入った時に表示される【入室】とか
退室した時に表示される【退室】とかと
私の中では感覚的に入退団は、あれと同じなのだけれども
グループによっては違うものなのかもしれない。
冷め過ぎ。むしろ興醒め、とか言われかねないのだけれども
文字とか定義はそこにあるけれども
それ以上のものをそれぞれで想い描いているものなのだなぁと想う。
ファンタジーだなぁ。
どちらも綺麗だとは想う。
例えてみるなら桜、かな。
咲き初めを楽しむのか、散り際を名残るのか。
可能ならどちらも楽しめるようにありたいものだ。
ちなみに私は…夜の葉桜派、かな。
うわー超マニアック。 ノ×<;

長崎市なら扇町の公園が美事でしたね。
もう、ひと昔以上前に見たきりだけれども
今でも変わっていなければ見ることができるのではあるまいか。

高校の頃はバス通学だった。
バスで乗り合わせた方が熱心に読んでいた本があって
そのタイトルを覚えて帰って、後日
学校の図書館で読んだように想う。
多分…『葉桜の季節』のようなタイトルだったように想う。
うろ覚えだなぁ。(笑)
その影響もあってなのだろう、春を楽しみにできるようになった。

春を過ぎて初夏の…5月中旬くらいまでなら
チトセピアの裏辺りにある丘の上の『風の通り道』がいい。
こよなく晴れた日を選べば軽いピクニック気分で楽しめる。
いや、特に何もないのだけれども
そういう気分を纏える素敵な場所だ。
今年は昨年よりも太陽が1段とパワフルになっているので
初夏にはもう、へたるほど暑いかもしれないなぁ…。

2012年が底だったらしい。
今は2019年だから…7年前かぁ、何やってたかな。
あ、うん、長混で歌ってた。
これは確実。
大村にいた頃だな。
あの頃はROに一時的に復帰してた頃なのかなぁ。
TWさんで調べてみたらわんこひつじの頃らしい。
主催3年目だったらしい。
意外と長くやってたのか…へー。
クィちゃんの時期ならROしてないな。(笑)

福岡在住でなくても主催はできるので
勇気を出して主催してもらいたいなぁと想っていますね。
実際に集まらなくても今はチャットもラインも、と
連絡手段は豊富に選べるので
どういう会にしたいかをなるべく具体的にイメージして
1度、紙に書き出していくと思考を固めやすくなりますよ。
誰かが手を挙げないと誰も用意してくれませんよ。
これからは自分達で用意しなくちゃ、ね。

私も始めたきっかけは、それだった。
ももちゃん、元気にしてるかな…。

2019年3月18日月曜日

ビスキュイとパンジー

友人からお祝いを頂いた。
苺のビスキュイ。
すっごく可愛い♪

ビスキュイの綴りを見たら『biscuit』。
ビスケットのこと…?
webで調べると、どうやらビスキュイが先で
ビスケットが後にできた言葉らしい。
後にできたというか、フランス語のビスキュイを
英語に直したのがビスケットなのだそう。
ビスケットはパン生地ベースの焼き菓子なのだけれども
ビスキュイは、また意味合いが変わるものらしい。
硬い焼き菓子を指す、とあった。
専門的なのはwikiさんにお任せして
コトバンクには、そう、あった。
多分、持って帰る途中に割れないように、との配慮の結果だろう。

私は花の名前を多くは知らない。
だから、あの形の花は全てパンジーだと思っていたのだけれども
ビオラという花もあるらしい。
どっちも概して言えば菫っぽい。
菫も、だいたい春に咲くのだと想っている。

パンジーの花だったと想うのだけれども
確か穿音春都MSの…あった。

花見のお誘い

1枚々々めくって剥がせるタイプのマスキングテープに
の説明に、ビオラとあった。
上品な色合いがフジ色の封筒に合いそうな気がした。

wikiを少し眺めるとパンジーも、元はビオラの仲間で
園芸の品種改良の結果
見栄えが良い特化した品種を作ったような感じ。
それをパンジーという風に呼ぶのだそうな。

ビオラといえば弦楽器にヴィオラという名前のものがあったと想う。
綴りは…同じのようだった。
『Viole』
花の方と楽器の方、どちらが先なのかな。
wikiには書いてないみたい。

歯の詰め物がとれた。

歯の詰め物がとれた。
昨日で無くて本当によかった。

それに、今日1日の胸を締め付けられるような想いを紛らわせるのに
ひと役買ってくれているに違いない。
何か食べてから紙のクリップを買いに出よう。
クリーニングも出さないと。
それから歯医者さんへ。
頭痛薬は何錠必要になるかしら…。

久しぶりに浜屋に行って来た。

久しぶりに浜屋に行って来た。
少しの時間潰しに、文具屋と、どちらに行こうか迷って
なんとなくこっち。

そうしたら8Fから屋上へのミニギャラリーに
薪能の絵葉書を描かれていた方の名前が目に留まった。
2月頃に描かれていた絵もあったようで
新作かなぁ…。
迫力のある、あのイラストとは違った面を
見せて頂いた気がした。

小﨑 侃 (こざき かん)(山本美術館様)

ここのページをさっき見て、気になった単語は臥牛。
三河内にいた頃の、高学年の時期に見かけるようになった
あの臥牛窯に関連があるようだった。
そうだなぁ…あの頃に急に広まったように
子供だった私には感じた。
三河内焼き自体が元々は献上品のものが多く
細工物や透し彫りなどもあって美術品に近いのだけれども
(もちろん庶民向けの品物もある)
こちらのはこう…いわゆる伝統的な三川内焼の形式とは
違う形の作品だったので特に印象に残ったのかもしれない。
薄茶褐色に細く、淡い線で茅やススキが表現され
そこに1羽の…あれはおそらく小鷺だろう。

今なら、なんとなくわかる。
いや、もしかしたら違うのかもしれないけれど
あれは焼き物や陶器というカテゴリーではなくて
美術品というカテゴリーなのかもしれない。

小皿で、縁は変形、いや、流石に1点々々を
本人が手描きしたわけではないと想うのだけれども
縁に欠けは無し、表に釉薬の切れも無し。
綺麗だな、子供心に眺めていた時期もあった。
でもまぁ、子供のお小遣いでは買えるものでは無かった。
品物として揃っている作品ばかりだったので
電気か、ガスで焼いたものだろう。

三河内を想い起せばまずは『牧のうどん』。
小学校から降りた辺りにある。
数年前に訪れた時も、盛況のようでしたね。
少し伝統会館側へ行くと右手にケーキ屋さんが出来ていた。
それから、何年か前のランチパスポートに載っていた
古民家のパンケーキのお店。
三河内駅(現代表記:三川内駅)の降り口から
波佐見へ行く道、そこから少し入ったところにある。
あの辺りは少しばかり自宅から遠出をして走り回った辺りだと想う。
右に田んぼを見ながら舗装されていた登り道を歩いた。
道の脇は崖で、無花果の木が生えていた。
左に見える丘のお墓を通り抜けて遊んだ。
秋には烏の枕が橙色に生る。
さらに抜けて坂を登って左手のお家。
猫がたくさんいたお家。
今はどうなっているのだろうか。

いつもはだいたい川へ出て、川と田んぼの畦沿いに辿って帰っていた。
川へは、よく降りた。
上流にダムがあるらしく
放流時の吹鳴の説明書きを何度も読んだことはあったけれども
あの頃の記憶には、無い。
ただの子供の記憶だ。
最初は楽しく遊んでいた。
上流を見上げては、川沿いにどこまでも歩いて行ったら
どういう風景に会えるのかと楽しみだった。
残念ながら実行には移したことがない。
いつか、することになるのだろうか。

川は汚いから、ガラスがあるから、ばい菌が…
そんな話を聞かされる度に
川へ入って遊ぶことから離れていった。
名前は知らないけれど、魚がいた。
大きい水草の辺りには、いろんな生物がいる。
そんな話を、誰だったかに聞いた。
あの頃はもう、アメリカザリガニは居たのだけれども
あれに挟まれたことはない。
川よりも、田んぼの溝に多くいたのではあるまいか。
水が張ってある時期になると水路にアカハライモリが群れる。
ぬるまった水に透き通ったエビがたくさん泳いでいた年もあった。
豊年エビというのだそう。
その時の収穫は豊作になる、といわれているのだとか。

子供の頃は、田んぼにオレンジの卵塊をまだ見たことがなかった。
聞いた話によると
あれはアメリカから食用に連れてこられた食用タニシなのだとか。
外来生物って、ほんとに繁殖力が強い。
あっという間に増えて、それでもって生息域を広げる。

昨年は諫早市に入ったら卵塊を見かけた。
境目は、どこなのだろうか…。