2019年2月11日月曜日

過保護、他云々

コーラスの練習に行っている場所が
地域のコミュニケーションセンターになっていて
時折、他の団体の様子を伺うことができる。
それとは別の機会に同じ事例を目撃して驚いたことがある。

子供が何らかの活動をしているのですが
同じ部屋に保護者がいる。
それも、何人も…。
10人以上いるのも見たことがある。

彼らは何をしているのだろう?
最初、そう想った。
自分の子の様子が見たいのかな、でもそれにしても…
過保護過ぎるように想う。
最近の親御さんは、それが普通なのだろうか。
私が学生の頃は、親が付いて回るなんてことはしなかった。
親が学校に来るなんていうのは
授業参観や運動会や文化祭などの学校行事に限られていたように想う。

36歳の私でそれなのだから
今の親御さんの学生時代だって
条件は変わっていないように想うのだけれども…。
何が変わったというのだろうか?

私が成人してから少しすると
モンスターペアレントという事案が発生したのではなかったか。
親御さんの高学歴化が進むことで
教師の聖職という地位が喪失したとか
何かの本に書いてあったように想う。

私は…大学は卒業していないけれども
学校の先生というのは
神聖な職業だと想っている。
(もしかすると、大学を卒業していないからこそ
 その意識をかろうじて
 持つことができているのかもしれないけれども…)
私の母は教師で、その背中を憧れから
見ていたからかもしれないけれど
立派な人だったと想う。
私の主人のご両親も元教師の方々で
懐かしんで当時の話をして下さいます。
苦労話から冗談のような話まで様々で
時代の流れも感じることができます。

今一緒に活動している方に現役の方もいらっしゃるのですが
実際に接してみると実に個性が豊かで人間らしいなぁと想う。

そうそう、離婚率が高くなる社会の傾向も
女性の高学歴化が原因の一端となっているらしい。
えーと、まぁ…
「私の方が稼ぎがいいんだからね」
と妻から言われたらご主人は頭が上がらなくなってしまうのだとか。
男性は、彼らが育ってきた環境での今までの価値観ですと
お父さんが稼いできて家庭を支えている
という構図が典型的だったはず。
社会的に、それが理想像なのよと刷り込まれてきて
そんな素敵な父親像でありたい、と想って
学歴社会をひた走ってきたはずなのに
気がつけば見渡せば男女同権の時代にシフトしてしまった。
抱えてきて温めてきた理想像は
現実との間でお父さんを悩ませるようになってしまったようだ。

読んだ何かの本の話だと
稼ぎの話と同じような構図が
モンスターペアレントの背景にあるようだった。
えーと、つまり…
「親の方が頭がいいんだからね」
ということだと想う。

社会の中では、頭の良さだけが指標ではないように想うし
役割分担があると想う。
分業って、いうのですよね、確か。

最初、皆全部自分のことは自分でしてた時代があって
それだと生産性が頭打ちになってしまうのです。
で、分業という概念が発明されてからは
それぞれが自分の役割を果たしていくようになったのです。
全体像は把握出来なくなった代わりに
集団全体としては、もっと多くのものが作れたり
もっと大きなことができるようになったのです。

後の時代になって出来たものは
お金。
後の時代になって、もっと必要になってしまったのは
信頼。
今は信頼が失われている時代なのかもしれない。

何に対しての?
学校の問題に焦点を当てるなら教師に対しての信頼。
教師というより、学校の先生…なのかな。

学校の先生といっても、学校に勤めている人なら
現代ではほぼ全員ひっくるめて『先生』と呼ばれる。
事務職員も『先生』だ。
勤めていない人から見れば『公務員』の一括りだろう。

公務員にも幾つか種類は分かれるのだけれども
そこは置いとこう。
種類云々はまた別の機会に…。

『公務員』と『民間(企業)』というのがあって
温度差というか…そういうのがあるように想う。
バブルの頃と不況意識が続く現代とで
価値観が逆転してしまうのは面白い現象なのだけれども
あんまり言ったら不快になる人も多くなるかもしれないなぁ…。

バブルの頃は…
「公務員なんてバカのなる職業だ」
と、言って公務員離れが進みました。
皆さん、お金の稼ぎがいい民間企業へどんどん就職していかれました。
理由は、好景気だったから。
公務員は、民間企業ではないため
利益を追求する団体ではないのです。
つまり、当時のお給料は、民間と比べると低かった。

不況意識が続く現代では…
「公務員なら、安泰だね」
となる。
言うのは、大体親や周りの人。
公務員は、給料の変動が少ないのです。
そこをいい面で捉えて、=安泰 となる。

どちらの職業を選んでも、どの時代であっても
生活はしていけるように設定されているはず。
そうでなければ、国家としては成り立たないからだ。

お金の量は、自分がお願いできる総量の大きさであるけれども
それを考えに入れて眺めると…
あほね。
猿か全く。

目の前のお金の量に欲をかいて
少ない相手を蹴落としてる。
蹴落とすことで自分が一時的に、心理的優位に立って
何かを埋めているみたい。
ストレッサーで傷ついたハートか
もしくはお金のために見失った夢なのだろうか。

大衆洗脳に知らずに踊らされて
本人たちは自分から好きで踊っているように勘違いしてる。
これが理想と刷り込まれて育つ。
刷り込まれる段階では理想なんて確立してはいないのだから
刷り込まれればそれが理想になる。
そして誰かが敷いたレールの上を歩く。
沢山の誘惑、沢山の選択肢があるように見えて
それも織り込み済み。

どうするよ?
道を外れれば落伍者扱い。
それが嫌だからみんなと同じがいいって?
だから日本人は横並びだと言われるのだろう。
「皆さん、もう行かれましたよ?」
と言われたら、日本人は慌てて船から海へ飛び込むのだ。
『みんながそうしているから』という理由で。

周りに合わせようとするのは
村社会の象徴だ。
強く1つの集団であるために異物を排除するのだ。
村八分が適当な例になるように想う。

極端に言うと、日本は
まだ村社会意識を引きずったまま急速に現代化した
歪んだ社会ということになる。

歪(ゆが)んだよりは歪(ひず)んだの方が
ニュアンスは近いかもしれない。

どこから手をつけていいのやら…。
とりあえず、離脱文明の話から察するに
お金の流れは若干変わるものの
大まかの流れは変わらない。
お金に対する価値観が変わるらしい。
もっと感情を込めないフラットな単位…
みたいなニュアンスだったかなぁ。
お金に綺麗とか汚いとか
そういう通貨として以外の価値が取り払われるそうな。
お金はお金。
流通するお願いや感謝の対価。
それ以上でもそれ以下でもなくなり
それで正常に運行がなされると。

現代では、『お金持ち=人間的に汚い人』
のような意識が大衆洗脳によって植え付けられているけれども
今後は、『お金持ち=多くの人から感謝されている人』
に、変わるらしい。

変わると言うよりは、そっちに意識的にシフトさせて行かなければ
システム止めて悪い奴を追っ払っても
大衆が想い込むと悪い人が生み出されてしまう。

『お金持ち=多くの人から感謝されている人』の意識が広がってゆけば
お金を持っている量で人に優劣をつけないようになるかと言うのも
今のままだと難しい気がする。
ここはひとつ、目覚めているライトワーカー達によって
現代の大衆へ、お手本を示す時なのかもしれない。

そうしたら、変なプライド(?)意識で増えていた離婚率の問題も
公務員と民間企業に勤める人たちの意識の溝も
浅くなったり、徐々に緩やかになったりするように
なるように想うのだが、どうだろうか。

モンスターペアレントの問題には先生への信頼の回復と
少子化に伴う過保護化の要因が重なっているように想う。

あとは学級崩壊かー…
実際に立ち会ったことはないけれど
知り合いの話を聞くにすざまじ。
原因としてADHDも含まれている気配がするのだが
あれは子供には原因はないと想われる。
DNAが3重螺旋構造になっているのは
もう、そうなるって決まってたみたいだから仕方が無いことだし
ADHDの症状が出てしまうのは
経口摂取してる化学物質のせいなのだから
選択権がない子供を責めるのはあまりにも酷(むご)い気がする。
与えているのは、親ですから、ね。

かといって先生が悪いかというと
それもまた微妙な問題なのですよね。
家庭と仕事と両立を迫られているところに
休日のクラブ活動でブラック化。
余裕も無くなっているのにカリキュラムは上の都合で切り替わる。
現場は振り回されるばっかりみたいです。

知り合いがゆとり世代だからと陰口を言われていたのを見たのだけれど
言われ慣れているのか心が擦り切れちゃってるように見えた。
見ていてすごく居た堪れなかった。
あれだって、上が悪いのに、ねぇ…。

結局、教育改革に失敗したからといって元のやり方に戻しても
詰め込みに戻ったって言われるだけなのだから…。
そのまま突き進めばいいのにって想う。
社会全体でその世代を失敗作の烙印を押して
何の得になるのだろうか。
突き進んで、で、徐々に良い方向にシフトさせればよいだけだろうに。
今必要なのは、社会において
その世代の居場所をちゃんと作ってあげることのように想う。

彼らは…右肩上がりの年功序列の型に
疑問を投げかける役割持って生まれてきたのかもしれないなぁ…。

0 件のコメント:

コメントを投稿