ぬれ煎餅が好き。
先日お店で購入したのだけれども、レジを通した後に値段を見て驚いた。
結構お高かった。
1枚食べて、好きなことは再確認できたけれども、値段と満足感の差があって、辛かった。
で、好きな要素を分解したら砂糖醤油餅でいけるんじゃね?
作って食べたらイケてた。
食感と味、でんぷん質。
うちでは砂糖の代わりにメープルシロップ。
あと、醤油と砂糖を混ぜた後餅の両面を浸してからレンジで温めるのがコツ。
お試しあれ。
ぬれ煎餅が好き。
先日お店で購入したのだけれども、レジを通した後に値段を見て驚いた。
結構お高かった。
1枚食べて、好きなことは再確認できたけれども、値段と満足感の差があって、辛かった。
で、好きな要素を分解したら砂糖醤油餅でいけるんじゃね?
作って食べたらイケてた。
食感と味、でんぷん質。
うちでは砂糖の代わりにメープルシロップ。
あと、醤油と砂糖を混ぜた後餅の両面を浸してからレンジで温めるのがコツ。
お試しあれ。
ルドルフ・シュタイナーという方の本をちょっとずつ読んでいる。
この本によると、音楽の才能のある無しは耳の構造の遺伝要因によるものであるらしい。
で、音楽に今まで縁のなかった魂は最も自分のやりたい事を活かせそうと思った対象の体に受肉するらしい。
そのためには、神界にいるべき期間を後払いにしてでもくるものらしい。
ってことは、この時代に音楽に携わっている人達は、何か使命感を持って生まれてきている…ということのようだ。
この性質を利用すればブルーブラッドの方達も、早く受肉出来るのかしら?
同じ魂を望んでいるだろうし、デザイナーズベイビーにする必要があるだろうから…条件は合わなさそうかも…。
待つしか無いんじゃ無いかなぁ。
松竹梅の松だけに…。(汗)
どんぶりに盛る時に汁を少なく注ぐ事を提案してみるテスト。
ふと思い立ってコーヒーチャイを作ってみた。
意外とイケる。
ブラックとかが苦手な方は試してみてもアリかもね。
猫が上で吐いてないといいけど…。
紅茶のチャイを鍋で煮たら吐くからなぁ…。
匂いか、揮発成分かなぁ…?(汗)
今日の情報収集の結果など…憶えている分だけ。
◆内閣感染症危機管理統括庁は5月のあたま辺りで解散するらしい。
…臨時的な組織だったのでしょうね。
となると、解散後は、多分また厚生労働省に管理が移るのだろうなぁと予想。
◆SIBOという症候群(?)があるらしい。
避けた方が良い食品にとうもろこしが入っていて、食べた方がよい食品にポップコーンが入っている理由が個人的に分からない。
同じでは無いのか…?
敢えて違うところを探すなら、食用油を加えていること、高温で加熱して素材の形状が変わったこと…くらいかなぁ。
ポップコーンは、爆裂種というポップコーンのために品種改良された専用の品種なのだそうだ。
ひよこ豆や納豆は避けた方が良い食品に入っていたのですが、うーん…個人的には重要なタンパク源で、納豆キナーゼも567後だから摂取したいところ。
ダイエットを始めてからカ1食分の食事をバランスよく配そうとしたらカロリー計算上だけでもかなり足りなくて四苦八苦している。
納豆は100g辺りおよそ190kcal、ひよこ豆(茹)は100g辺りおよそ137kcalなので、使えなくなると辛いなぁ…。
外食やお弁当を中食しても、炊いた白米の量が多いので、食後血糖値の急激な上昇が気になる。
玄米…は、家に白米が多いので更に買う事はしたくない。
家族の目は、こういう時は気になる。
(もちろん今までだって散々文句言われた)
食べてもよい食品には甘さが少なめな野菜や果菜が入っていたようなので、糖質の取りすぎ…などに気をつければよいのだろう…。
過敏性腸炎で入院した事がある。
絶食とビフィズス菌系の整腸剤と1日に500mlまでの水分摂取制限だった。
腹部のあちらこちらが不定期に強く傷んで、熱を持って熱かった。
炎症が強い状態だったのかも知れない。
原因不明とされたけれども医師からは、「食物繊維の多すぎるものはとらないほうがいい」、と言われた。
食物繊維は、腸壁に対して刺激になるので、その時には刺激し過ぎて炎症が強まったのでは無いか、と自分の中で解釈している。
だからゴボウとか結構好きなのだけれども、干し大根とかね、野菜の足しにしようとザーッと鍋に入れてラーメンを作ったりするから、(根菜だけど)1回で食べ過ぎてしまう事は、時々ある。
あぁ、そうか。
だからさつまいもを食べるとオナラがたくさん出るのですね、なるる。
糖質が多いのと食物繊維が多いから、か。
個人的には、結局バランス、ということに落ち着きそう。
落ち着かせる理由は、現状と予算と手間と。まぁだいたいは妥協の産物だろう。
一応、甲状腺にはまだ障害が来ていないので、ワカメも時々食べることにしよう。
◆グルタミン酸ナトリウムについて
パンダ先生のを聴いた。
陰謀系でグルタミン酸ナトリウムがーと言われるのは、以前は石油から作っていたことによる不安感と、不純物のことが問題だったらしい。
今はさとうきびの廃糖(搾かす)を原料にして遺伝子組み換え細菌を利用して大量に効率よく生産されている、と聞いた。
何年も前に問い合わせをしたら、さとうきび原料だから安心ですよ、の一点張りだった。
とある向きでは遺伝子組み換え自体が宇宙人から許可されていない技術、という話もあって、畜肉も彼らからするとその産物で、陰謀系からするとヒトの遺伝子を組み込んでいるから肉質が柔らかくなっている、のだそう。
人間の生産者側は品種改良と言ってる。
でも…遺伝子を弄ること自体は同じなのになぁ、と思ってしまう。
現代の地球に生きているからには、大きくて甘い梨やジューシーな鳥ももを焼いたものや卵も毎日食べることが可能だ。
以前、石梨というものをかじった事がある。
ざりっとして固く、酸味が強めで、しかも小さい。
梨は好きだけれど、品種改良の結果が今の梨だとしたら、個人的には大歓迎かも…。
あ、一応種はある方で。
種無しに果物は多分人類の夢なのだろう。
一応商業的に流通しているバナナは種子が育たなかった突然変異の株を株分け(挿木か?)して増やしたものらしい。
うーん…日本でいうなら、桜の染井吉野みたいなものなのだろう。
あれも、挿木でクローンを増やしたらしくて、だからこそ一斉に開花するのだそう。
種無しのみかんなんかは、無精受粉(というのかな?)をさせるために専用の薬剤(液体)を1つひとつの花にしっかりと浸していくのだという途方も無い手作業の成果なのだそう。
その辺りが神秘のベールに包まれてカバーされているから陰謀系の人たちの不安を呼び起こして陰謀の話が生まれたのだろうか?
まぁ、一般人が普通の日常を送るのに必要のない専門の知識なのだろうから、ぼんやりとだけ流布されているけれども、気にしている人だけが気にするので(カクテル効果か?)情報をとりに行ってしることができるのかも知れない。
現代は複雑になり過ぎて専門家がそれぞれ分業しているためによその分野のことは詳しくは分からないというか知ろうとしないというか。
私自身も専門家では無いので、広く薄くだけ。
よいところをあげるなら、そうだなぁ…複雑な仕組みの世界があるから人間は生きる目的が出来た、のだろうか…。
個人的には、グルタミン酸ナトリウムの問題は、急激に脳の快感物質を生成させることと、その一定時間内の量が多過ぎたら脳の神経細胞が処理しきれなくて麻痺したり、死んだりする事のように思う。
不純物の問題も色々と関わっているけれども、不純物と目的の物質を分離精製するのは、混ぜるよりもはるかに難しい。
それも完璧に、というのは難易度がかなり高い。
色んな問題に不純物の関わりがあるようだけれども。
それでも体や地球に悪いことは分けた方がいいし、その努力はするに越したことはないけれども、根本的に体や地球によくない物質自体を使用しないことを大前提にする必要があるのでは…?
それとも、それ自体がこの地球では無理なことなのだろうか…。
あー…一応、グルタミン酸ナトリウムのよいところは…食欲増進効果がある、ところかな。
塩分と相乗効果はありそうだけれども…。
個人的には水分摂取量の問題がある。
壁…なのかなぁ。
アホみたいに基礎的な話で、1日で体内で処理できる量を大幅に越える水分を摂取すると心臓に負担がかかるよっていう…。
あとは、熱管理。
体温によって考え方や感じ方に変化が出る。
…なんだ、僕たちは人体実験を楽しむために地球に転生したのか…。(微苦笑)
◆アセンションが言われている理由らしきもの。
鎖国していた日本が開国していわゆる世界の仲間入りをした時のようなものの拡大版のような感じで、地球を開国(開星か?)して宇宙文明の仲間入りをするために宇宙文明の船を迎え入れることが求められているのでは無いか、というのを見た。
だから坂本龍馬とかの記号が集まっているのか…。
ラエリアンの方々は、候補地を探しているようだった。
資金とかはあるらしくて、問題になっているのは場所と国の許可らしい。
他国で宇宙関係の情報が公に開示され始めたけれども、日本の今の政府にどれくらいの影響を与えるのだろうか。
個人的に知りたくはあるけれども、一般人だから無理なのかも知れない。
だからただの興味とぼやきだ。
あー…明日の朝用の大根を煮ないと…だね。
クラゲ布、3枚買ったつもりだったのに2枚しか無くて、代りに全然別の端切れに変わっていた。
うーん…これは…別の次元(パラレルワールド?)に飛ばされたのかも知れない。
今まで幾つかあって…オキシドールがエタノールに変わっていたり、煮干しの袋の形状が変わっていたり…。
煮干しの袋の元のは、埋もれた煮干しの山が消費されたら顔を出してくれることを期待しよう。
酸化酷くて食べられないかもだけれども…。
変わった布は…それを理由に返品するのもなぁ…端切れだし、向こうも困惑するだろうなぁ。
仕方ない、質感違うけど縫うしか…。。
フラグ的にまた卒業させられる感じになってきた。
今回のところは波長も合って居心地もよかったのになぁ。
嫌われる前に早く離れないといけないかもしれないなぁ…。
クラゲの柄の端切れ布を先日買った。
とても綺麗で、単純作業のぬいぬいも、楽しい時間に変わりそうだ。
チーズが好きだ。
vした人よりは体内のスパタンは多くないはず…と言い訳して食べてる。
代替品としてトフとか竹輪を考えた。
常温保存のトフを先に買ってたことで無添加の竹輪を思い切って買うことができた。
お値段高いから咎めたのでお小遣いから出した。
届く日が楽しみだ。
ポップコーンにした後、炊き込みご飯にすれば食べやすいとクックパッドに載っていた。
とてもいいアイデアだよね。
試したら、違和感無く食べられた♪
これで食材を無駄なく活用出来そうだ。
今はレンズ豆も使っているけれども、並行して炊くかちょい悩む。
またミミズになりたかった頃のことを思い出した。
いいことなのかよく無いことなのか、よく分からない。
TRPGとかでたまに言われる言葉なのだけれども、『マスターとプレイヤーは共同作業をしてキャラクター達の活躍する世界やキャラクター達の紡ぐ物語を創造する、ものなのだ』と。
現実の世界の現状に落とし込むことは出来ない。
片方は暴走していて、もう片方も、もうすぐ暴走しそうだからだ。
どちらも暴走が収まって、冷静になることが出来るようになったら、気づいて欲しい。
『どちらも必要で、どちらも大切で、どちらが欠けても成り立たないこと』を。
海外の方達においての認識として、『愛』は下半身に直結しているものらしい。
隠語としては、たしかに便利かもしれないけれども…。
心だよ、ハート。
あぁ、ナザレのイエスさんは概念を伝えるのに苦労したんだろうなぁ。
他星人が前提にしている愛もココロの方のようなのだから、フィルターがかかっている海外の方達には、上手く伝わっていないのかもしれないなぁ…。
だからこそ日本から広まるのかもしれないけれども…。
これは個人的に感じることだけれども、 政府にとっては、エックセズで発言してリツイートが増えていても、ヤフコメで炎上してもデモ行進をしても、つべさんの動画がバズっても、正式なルートでは無いので取り上げないのだと思う。
ん〜…論外…みたいな感覚なのかもしれないなぁ。
政府組織は一応、意見や要望の窓口は設けている。
インターネットの窓口や、手紙や電話でも受け付けてくれる。
どうあってもお役所なので、お役所なりの正式な方法で意見や要望などを伝えるのが、向こうも受け取りやすい形のだと個人的には思う。
ちなみに、向こうの定義では、どうやら『要望=感想』のようなので、意見である事を伝える必要があるように思う。
どこだよ、というひとには、首相官邸のホームページを示しておこう。
ただし、スパムみたいにコピペを多くの人が送っても、向こうは困るだけなので、1人ひとりが個人で意見を送ることが求められるように思う。
これで道は示したはず。
でも、今の日本人にできるだろうか。
すぐに結果も見えなくて、返事もろくにもらえない組織に、先も見えずに延々と、それを熱意を持って実行し続けることなのだから…。
正確には、「トイペやティッシュを買うついでに好みの缶詰も幾つか買ってきたら?」なのだけれども。
敏感な臆病ウサギではない人たちにとっては、この先も普通に日常が続いていくという強い思い込みが在ると思うので、ぶっちゃけ『備蓄を〜』といっても日常に紛れてスルーされるのが落ちなのだ。
だからついで買いできる妥当なものを提案することが精一杯かなぁ、と私は考えてる。
私は、そうだなぁ、火山の近くに住んでいるので防塵マスクも一応買ってあるけど、知り合いには勧めていない。
理由は、火山が噴火するというのは非日常で、夢物語に近いことだから、というのと、火山灰を吸い込みたくない理由を、多分理解出来ないのではないか、と個人的に周りをみくびっている感があるから。
火山灰を拡大した時の結晶の形が針状だから、といっても、「は?だから?」と言われるのしか想像出来ないし、肺に入ったらアスベストみたいに肺がんになる(んだよ)と言っても「へぇ、そうなんだね」で終わりそう。
この地域の人たちは、特に自分達は経験者だから『そんなことはない』と心の中で思ってる…と、臆病ウサギは考えてしまう。
実際、防塵マスクは使い捨てで、普通のマスクよりお値段が高い。
私でも、2、3日使えないかな…と考えてしまうくらいに…。
私はケチウサギでもあるのかもしれないけれども…。
つべさんの備蓄を勧めている人も、色々葛藤はあるのだと思いますよ。
…せっかくだから、おすすめの缶詰を紹介してみよう。
◆羽衣フーズ 素材そのままシーチキン水煮(カツオ)(70g)
麺類の添えタンパク質として利用しています。
◆羽衣フーズ シーチキンL(マグロ)(140g)
(調味料(アミノ酸等)
野菜炒めの具材として。
結構ボリュームがある。
◆マルハニチロ いわし味噌煮(100g/150g)
増粘剤(加工でん粉、増粘多糖類)
いわしは個人的に水煮より味噌煮が食べやすかった。
醤油味は試していない。
◆マルハニチロ 寒さば煮付(150g/200g)
増粘多糖類
最初aikoちゃんのを食べたのだけれども、鯖は背鰭のトゲ骨が(第一背鰭の数条が)外されていなくて、ちょっと食傷したから別のを選んだ。
一応、これは満足。お値段はお察し。
これは醤油甘煮。
お皿に出してメインのおかずとしていける。
野菜炒めや煮物、煮豆とかもあるとなお良し。
あとは…SPAM(減塩ではないほうの標準)とかね。
備蓄系ユーチューバーさんは、こう…aikoちゃん一点押しなので需要が集中して供給が追いつかなくなっての現状がありそうだなぁ、と思ったことでした。
もっとバラければいいと思うんだけどなぁ…。
バブルの頃に社会人だった人達にとっては、その頃がピークで理想の社会だったらしい。
その頃と比べればそりゃあいつだって彼らにとっては不景気なのも肯ける。
現金というものは、物質だからかもしれないけれども、実感が湧くので気分を高揚させるもののようだ。
陰謀畑の人たちが紙のお札とか電子化とかに嫌悪感を示すのも理解できる。
買い物をすると、品物の価格と自分の中の価値に差があるので、こんなに支払うお金が増えてしまった、といつもびっくりする。
もちろん、出て行くお金を惜しむ心理もはたらいているのだろう。
物質と非物質による違いがあるだけで、自分の心理にもこんなに影響を及ぼすと改めて認識したことは個人的に収穫かもしれない。
お金が逃げる、お金が無くなる、お金を失う。
状況と心理状態とかが違うだけで、同じことを表している。
表現が違うことで、そのニュアンスから発想が飛んで、様々な物語が紡がれるのだろう。
マイナスから始まった発想だから、大体悲劇になるのかなぁ…。
バブルの頃の経済感覚を植え付けられた人は、(観察していると)まるで賭博で熱にかかっているように見える。
脳がその時の快感を強く記憶していて、きっと忘れられないのだろう。
金銭的に低刺激な人生だったからそんな感想も抱けるのかもしれない。
それは…イイコトですね。(微苦笑)
ほうれん草が飛んだわけではない。
知り合いにエジプト神話の情報を伝えてから改めて興味のある部分だけつまんでみたら、古代エジプトでは、生と死の違いは精神が肉体に宿っているかが焦点になっているようだった。
ギリシャの方では、死者は須(すべから)く冥界に行くことになっているのと違うのが興味深い。
ただ、エジプトの方では、形の無い存在を表現する概念が無かったらしく、キリスト文化圏からプシュケーという概念を輸入したようだった。
もうひとつ興味深かったのは、エジプトの方でも(精神病として認識されていたがどうかはともかく)ひとつの肉体に複数の精神が宿ることがあることが認識されていたらしい。
二重人格とか精神分裂病とか現代では言われているものなのでは無いかなぁ、と思う。
別の方で、酷い霊障に長年悩まされている人が本を書かれていて、その本によると(私流に落とし込んだ意訳)『歌を歌えば、その歌に人格を乗っ取られる』的なことがあった。
ざっくり言えば、そうだなぁ…メロディが流れたら意識がそのメロディにチャンネルを合わせるじゃないですか、うーん…意識がシフトするというか、メロディに合わせて気分も引きずられて行動も変わる、ということがありますよね。
別の言い方をすると、そのメロディに洗脳されて意識が変わる(変えさせられる)もしくは引きずられるとか、そういう表現が分かりやすい人もいるかも…。
陰謀系の向きでは、そうだなぁ…洗脳の上に洗脳されまくっている…みたいな感じかなぁ。
目に入るもの全て、耳に入るもの全て…まだあるだろうけれども…。
スピ的なら、波動とか周波数とかの話になるんだと思う。
実際に、明るい曲を聴くと気分は明るくなる。
(もちろん自分の知っている曲で、更に好みとマッチしていると効果は倍以上になるし、気分も揚がる(ジューカリカリ))
曲に引きずられて気持ちが明るくなるのか、気持ちを明るくするためにその曲を選択して聴くのか、順番は卵が先か鶏が先か…みたいな話になってしまうのだろうなぁ。
(KFC食べたくなった…鶏だけに)
金運をあげたい人が風水を頼って黄色いものを集めたりするのも(よく分かっていないので偏見があったらごめんなさいです)、仕事運を上げたいひとが龍を信仰するのも、周りを威嚇したい人たちが紋章にドラゴンを入れるのも、そういう…例えば色の波長にみんなの共通認識があるからそれを利用しているように思える。
音楽なら、例えばテンポの速さですでに印象が変わると思う。
ビートを刻むのと、モデラートやラルゴとか、ね。
同じメロディラインでも、1音上げてしまえば(半音でもいい)メロディラインは同じなのに内包している何かがほんの少し印象的に変わる。
ただ、メロディや歌詞に紛れて最初に受けた印象が紛れてしまって気にならなくなるだけで…。
歌詞が違う曲もある。
曲が違う歌もある。
歌詞が違う曲は、多分曲から生まれたものだろうし、曲が違う歌は、多分詩から生まれたものだろう。
ちょっと逸れたけど、これからの時代は周りに振り回されずに自分で好きなテイストを選んで自分の時間を楽しむことができる人っていうのがいわゆる波動が高いとか言われる人なのかもしれないなぁ、と思った。
こんな結論でいいのか。(笑)
魔法の言葉をつべさんから拾ったので書いてみよう。
『大丈夫、誰も気にして無いから!』
最初に見たときはもう、 @@; という状態になった。
もしかしたらこれで上下への分離が完了するのかもしれないなぁ。
個人的な感想でした。
うーん…実際、どうなのでしょうね?(笑)
日本でも、デモというものが意外にも日常に行われているのだと知った。
◆日本全国デモ情報|マガジン9
でも、なぜニュースとして、あまり取り上げられないのだろうか。
ニュースに取り上げられることによって国民の問題意識が芽生えてそれを是正すべく理解が進んだり現状の見直しが行われるものなのではないだろうか。
デモ活動をする人達は、不満が募っているから行動を起こすのであって、その不満を解消するように社会が動けばよいのでは…?
たられば話で終わるのだけれども…。
社会を動かすのは、個人ではなく、メディアの仕事だからですね。
何をとち狂ったのかポップコーンの原料豆を買っていたので、いい加減使わないとかぁと思い、ひよこ豆みたいに半日浸水処理して圧力鍋で10分も加圧したのに全然水吸っていなくて固かった…。
たしかに膨らんでいなかったけどさ…。
ペンチでひと粒ずつ割って同じようにしたのだけれども、やっぱり固くてダメだった…。
じゃあってぇとよく水気を拭き取ってから鍋に油を敷いて焼いてみたら、時々はねるけど…おさまったと思って見てみたら大抵は弾けずに揚げられていた…。
もちろん固くてダメだった。
氣を取り直して袋から出したポップコーンの原料豆を改めて焼いてみたら、跳ねる跳ねる…。
高い確率でポップコーンが出来た。
やっぱりこの品種は、ポップコーンのために特化した品種なのだなぁと思ったことでした。
とりあえずマヨネーズと胡椒で和えて食べてる。
レパートリー増やさないとなぁ…。(汗)
タイトルで大体終わってt…。
どんな世界になっても、健康寿命は常に求めたいもの…。
多くの人がワクチンを打って多くの人の寿命が例えば20年くらい短くなってしまっても、なるべく長く生きたいし、なるべく病気になりたくないものだ。
だから、そうだなぁ…せめてレトルト食品なんかを食べても、コンビニ弁当を食べても可能な限り添加物が少ない世界だといいよね。
あと、可能ならば無農薬栽培…。
小さな畑を貸してもらって家庭菜園のような真似事をさせてもらっている。
およそ週一で見に行くのですが、雑草の勢いがすごい。
畑の貸主さんとよく会うので、主人がどうしても雑草を抜いてしまう。
YouTubeでスギナとかは生やしといたほうが他の雑草が生えにくくなるから抜かない方が…とあったけれども、完全に自分の畑ならできるかもだけど、他人の目が気になるから同調圧力を感じやすい僕らには無理のような気がする。
日本は降水量が多い国だから除草剤とかも土に残りにくいからまだましなのだけれども、(その分海に流れ込んでる…ごめんね;)降水量が少ない国だと、残留し続けるので次の育成に支障が出るのだそう。
地上や空の毒物や廃棄物は結局海に流れ込んで、その中で育った魚なんかを食べるのは結局自分たちなのだけれども、薬剤とか使っている人はそんなこと考えないのだろうなぁ。
考えると『使うことに罪を覚えるのが普通』のように私には思えるのだけれども…。
夏に取れたピーマンは、小さかった。
肥料はほとんどあげていなかったからなぁ。
それでも実ってくれる。
光合成万歳ですねぇ。
ちなみに、ぎゅっと詰まってた。
肥料って、促成栽培のための道具だったのですね。(笑)
話は変わって、先日、ワクチン反対デモがあったらしい。
興奮して冷静さを見失っているYOUTUBERさんを見かけた。
都会に住んでいたならこっちより同調圧力も強かっただろうから、反動がその分強いのだろうなぁ、と思う。
物理的な距離というものは、その距離何如で人に与える熱量が変わってくるものの大きな要因なのかもしれない。
首都近郊に私も住んでいたなら、多分デモに参加しただろう。
だから、そういう環境だったらなまじっか参加できてしまうだろうから熱量が高くなるのは、仕方がないかもしれないなぁ…。
日本の端っこ辺りに私が生まれたのにも、スピ的には何か意味があることなのかもしれない。
ただ…周りが見えなくなっていることが、ちょっと心配…。
熱狂的な波が起こって来ている。
前にどこかでみた話によれば、冷静でいないとルシフェルだっけ?に飲み込まれてしまう、そうで、せめて自分はそうならないように気を付けることくらいしか出来ない。
そうなった時の彼らには…制止する方向のどんな言葉も届かないのは、人生経験則から予測がつくものだからだ。
静止衛星だけに制止、冷静に…なのか。(微苦笑)
頂いた野沢菜漬けがたばこくさい…。
漬けた人が煙草吸いなのか、それともスギナみたいに野沢菜自体にニコチンが含まれているのか…。(汗)
野沢菜漬けはプラスチックの薄い袋に包まれていて、さらにジッパー袋で閉じてあった。
ジッパー袋の臭いが最初タバコ臭がしたように感じた。
ジッパー袋の普通の保管方法を考えると、漬けた人の家族の誰かが家の中でタバコを吸ってると考えるのが妥当なところだろうか。
植物は土の中の成分を吸い上げるものだけれども、スギナがニコチン含んでいるならつくしも含んでいそう。
ニコチンは毒物だから、虫による食害をあまり受けないのかもしれない。
フグがテトロドトキシンを溜め込むみたいなことなのかなぁ。
為政者にとって権力を自分に集めるのに都合の良い形は三角形(▲)。
林立するより1つの大きいものの方が楽。
そして宗教は心の弱みに甘い言葉で囁いて依存させる強力なツール。
アメリカのユダヤ教徒はアシュケナジーと言われるのは…イギリスから離れた人たちだから、かな。
イギリスはキリスト教から独自のキリスト教を作ってしまった国。
今は分からないけれども当時は清教徒がイギリスに多かったのでは?(清教徒革命があったから)
だから逃げ出した人たちは清教徒では無いイギリス国教に近いのかも…。
彼らにとっては新天地アメリカ大陸は例えばカナンの地に、例えば自分たちは住むべきところを追われてしまったユダヤの民に心境的に例えたのかな…。
金貸し業はユダヤ人だと差別的な扱いを受けてしまったり、ひいてはお金持ちも侮蔑されていたのでは…?
(人は自分に無いものを羨ましがって妬み、どうしても手に入らないのならいっそ悪にしてしまえ、と考える生き物だから)
ユダヤ金融資本とか言われる人たちが寄り集まったのも、自分たちを守るためなのかもしれない。
お金は沢山ある、自分たちにより良い世界に暮らしたい。
そうなったら、お金の動く先は権力、宗教、この辺りから動いて後に様々な分野へと広がって行ったのだと妄想してしまう。
所属するそれぞれの人が得意とする分野があったろうし、宗教的な結束があればこそ裏切る事はかなり少なかったのでは…?
共通の目指す世界を創る目標をその中のそういうのを考えるのが好きな人達が考えた。
自分たちを故郷を追われたユダヤの民となぞらえているから聖書に拠っているのは必然なのかもしれない。
聖書は、あー…とある団体の考え方によると、科学書なのだそう。
信仰と計画と実行が合わされば、聖書はあっという間に彼らにとっての計画書になっただろうし、(この辺りの考え方はゲーム『オーディンスフィア』(おでん(ワクチンの隠語)の恐怖(笑))に出会っていたから得られた着想なのかもしれない)それを知らない他のキリスト者にとってみれば聖書は予言書に映るのでは…?
世界中にキリスト者に連なる人たちがいて、その方達はほぼ聖書を信じている、というよりも信仰している。
同じ物が基にされているのなら合致性は高くなるはず…だよなぁ。
どちら側も信仰しているのだから、なんだか始末に負えない。
できれば、ボタンの掛け違えの重なりによって大きくズレた世界は、そろそろリセットしないと服としてもダメになってしまいそうで…。
掛け違えているのなら、恐らく1つひとつ外して、1つひとつ正しい場所にはめる必要があるのだろう…。
ちゃぶ台返しからのやり直し、は、なんだか都合が良すぎる気がする。
都合が良いのは、それを願う人たちの都合に合わせて、『だったらいいのにな』という想いが『に違いない』に新化してしまったから…なのかもしれない。
…かといってなぁ…説教したところで誰も聴く耳は持たないからですね…。
他人の戯言よりもどうやったって自分が信じている、信じたい世界観がその人たちにとっては最優先なものだから。
いろんな分野の人たちが、現在の定説が黄金比のレシピにたどり着いていない試行錯誤の過程だということに自分たちで気が付いて、定説やそれの出来た背景や経緯などを精査して1つひとつ修正していってもらうしか無いように想ってしまう。
あとは…広げ過ぎた風呂敷をそれぞれの団体がどう畳むことができるのか…にかかっている気がする。
どうやってもね、発展しすぎたシムシティはゴジラボタンが必要とされるらしいし、宇宙とか、未知の外的要因があると風呂敷畳には便利みたいですね、ゲームを見ている限り。
ゲームは悲劇と苦難の連続で、だからこそ目標が出来たり喜びが存外に大きく感じたりするのかもしれないけれども、そればっかりだと、こう…食傷するなぁ…個人的に。
かといって自動のゲームは無関心になって興味が失われるから好きじゃ無いし、作業ゲーもちょっとなぁ…。
仕組みが見えると作業になってしまうのが興醒める。
形として成果が残るものが好ましいけれども、廃課金を求められるのは、どうかしているように思う。
私がケチだからだろうか…。
日食イベントで何故か日本の高級ホテルが予約がいっぱいらしくて、日本で儀式が行われるのでは無いか、という声もあるようで…ぶっちゃけどうなのでしょうね。
滅多に無い天体イベントだから観たい人はワクワクして見るだろうし、それを不吉だと信じる人は難を逃れるために移動するのでは?
平安時代の貴族が何をするにも凶の方位を避けたように…。
結局、同じものを見て、どう受け止めるかはその人のフィルター次第…なだけのような気がする。
だけれども…個人的には、穏やかな私の生活を乱さないで欲しいものだなぁ…。
一応、心臓が弱くなっているものだから…。
妄想(もう、そう)なんだからね。 ・×・;
幾つかの動画を見ていると、解毒が重要な時代らしい。
(多分いつの時代もそうだけれども)
なので排便について書いてみよう。
スルッと出やすくするコツは、食事後や温かい飲み物を飲んだ後に『あ、出そうかも』というタイミングを逃さずに駆け込む事。
おならをなるべく我慢しないこと。
(最近は空気清浄機があるから、便利ですね。)
便が固い場合は、水分多めの料理を食べる事。
(ふろふき大根とかね)
あとは、人間は赤い色を見ると血を連想してアドレナリンみたいな興奮するらしいので、個室の中に赤い何かを持ち込んで凝視する、とかね。
(スマホケースを赤にしてみるとか)
よく言われることだけれども、不溶性食物繊維は便の容量を増やして、水溶性食物繊維は便にも保水させる効果があるそうだ。
それでも出なくて、薬も使いたく無いなら、お腹を下す方法を選択するのは、どうだろうか。
よくいう事だけれども、アイスクリームをいくつか食べる、とか。
急にお腹が冷えたら、お腹を下すよね。
下痢だとしても、結果的には排便できてます。
イスラエルで国民に寝ないように指示が出たと聞いた。
何日か前だと思う。
妄想…。
眠らせないで脳を疲労状態にした頃にブルースクリーンという技術を使って*を顕現させてみんなに見せて、うちの国は守られている、今こそ聖戦の時だ、的なことを擦り込むのだろうか…。
一応イスラエルはユダヤ教徒の国ということになっているので、イスラームのように聖戦を主軸にする事は無いのだろうか。
でもどこかで最近、イスラエルは戦いの神の国という意味だというのをどこかで読んだ氣がする。
ユダヤ教もキリスト教もイスラームも同じ神様を信仰しているのだから、好戦的なのだろうか…。
正教も元を辿れば同じ信仰のようなので、この神様は人類に戦いをもたらしたのではないかとも思える…。
戦いなんて争いなんて、無くなってしまえばいいのに…。
一神教は、その神以外は全てダメとするからどっちも正しい、とか、そういう考え方もあるよね、とか許容範囲が狭くなってしまったのでは無いだろうか。
古代のギリシャの神々はキリスト教に席巻されてしまったのは、予想だけど、やっぱり神殿運営が組織化して腐敗していたから…かもしれないなぁ。
腐敗してるのダメ、今日からこうしよう、と言われて『いいなぁ、そっちの方がいいんじゃね?』と思った人が多数を占めたから宗教改革が起こったのではぬいか、と思った。
では、この一神教が大多数を占める社会は現在盛大に腐っているのだけれども、多神教に戻すのか、それとも宗教自体を人が必要としなくなれるのか、…道はどちらか1つなのかなぁ…と思う。
1番いいのは、人間が宗教に精神的に頼らなくても安心して生きることができるようになる社会を構築すること、のように思える。
早く皆が安心して暮らせる日が来るといいよね。
別のサイトを読んでいて氣になった単語があったので調べてみた。
こちらも米軍関係らしい。
ドラゴン(幻想動物)の名前をつけているからにはモンスター級扱いという事なのだろう。
真逆ね。(汗)
混ぜ込んで人間の体で大量生産しようとか、真逆ね。
クリーミーポーションをほぼ初めて買って使ってみた日に身体が痒くなって掻き毟った。
あー…そういえば最近オリーブオイル使っていないなぁ…と思い出した。
まぁ、昔読んだ記事のうろ覚えの記憶によると、不飽和脂肪酸にはリノール酸、リノレン酸、オレイン酸というのがあるらしく、体に与える影響も違うそうな。
日本でよく使われているのは、綿実油(1番単価が安いから素麺の製造に使われているらしい)とか、大豆油や菜種油、ごま油とかなのかな。
それから、えごま油とか、お店で見かけるようになりましたね。
あとは、主に青魚由来の不飽和脂肪酸とか、オリーブ油のとか…だったと思う。
どれがどれかは詳しくは覚えていないので説明出来ないのだけれども、真剣に調べていた当時にオリーブ油と青魚由来の不飽和脂肪酸をメインにしよう、と思った事は憶えている。
最近、卵を使っていないマヨネーズがあるのを知ってマヨネーズ和えとか作るようになったり、必要に迫られて買い物に行き出したら惣菜コーナーや揚げ物の誘惑が強くて、つい買ってしまう。
(豆腐とか、常温保存できるのは販売されているけれども、毎日食べるようにしばらく前からしたので、1個当りの値段が3倍ではきかないくらいの差がある。
そして朝から豆腐の+78キロカロリーは、個人的に貴重…。
毎食メニューを組み立てるのって、大変…。)
だからまたオリーブ油を使う料理を考えないとなぁ…。
豆腐の代替も決める必要がありそう…。
うぅ〜…。
+αから
どこかで何かがおっぱじまりそうな予感がひしひしと…。
結構軍隊っぽい響きがあったなぁ…。
短期…高金利とか…こわっ…。
スルーしとこう…。
しばらく前から言われていた貼る針タイプの商品が出てきたようだった。
といっても、何回か広告を見た事はあって、今日たまたまスクリーンショットが撮れたので上げるだけ…だったりする。
スカイアイスという名称の氷があるそうだ。
◆大空の氷壁ドームをドリルで掘削して発見されたものとは?
→ http://takahata521.livedoor.blog/archives/24061852.html
アイスクリームのスカイではないそうだ。
高濃度の酸素が結晶化したもののひとつの形態らしい。
それが地球の空を覆っているのだと。
…それって何てオゾン層?(笑)
(↑は個人の感想です)
ウィキによれば、『固体酸素』といわれる名称らしく、条件によって順に移行して違う性質をいくつも持っているそうな。
砂糖をカラメライズする反応で可逆性がある版…みたいな感じの捉え方でいいと思うけれども…。
結晶構造、超伝導辺りを考えると…宇宙の白色矮星やブラックホール、赤い惑星などの研究が捗りそうですよね。
…固体化しているから物理的に月とか行けないとかいう話が出ているのかも…ね。
ハッブル宇宙望遠鏡というのは一応地球の上の方から宇宙を撮影しているから綺麗で詳細な画像が〜というのが売りだったはずだけれども、CGなのか、それともその固体酸素の層を透過して撮影しているのか、ぶち抜いているのか…。
まぁ、NASAって裏NASAがあるという話が出ていたくらいなので、軍関係だとは思う。
宇宙って、ロマンがありますよね。
ロマンって、ローマ風という意味らしいのだけれども…。
古い→よく分かんない→不思議→ロマン…かもね。
あー…酸素でそれがいけるなら金属とかでも新しい性質を持たせることが出来そうだなぁ。
今の金属って、大雑把にいうと粘土細工みたいなものだと思う。
焼き物なら、磁器にも陶器にもなっていなくて、もしかしたら素焼きすらしていない状態の乾燥させた粘土細工なのかも…。
ここから材料工学分野が発展して、地球や人体に有害ではない原子をチョイスしていろいろ作れるようになるといいよね。
1番多いのは窒素で、液体窒素とかは有名だけど、常温では気化してしまうのが南天のど飴なのだよね。
複合素材でも出来るようになれば、常温で固体の原子(多分金属だろうか?)を組み合わせて常温でも固定化できる新素材とか、出来そうな予感。
元素に毒性などの問題が無いなら、恐らく処分する際も高温処理すれば分離するだけなので…あとは高温処理とかも…技術の問題なのかもね。
代替素材が見つかったら問題は大体解決するのだろうか。
フロンガスも代替出来てるから、なんか出来そうな気がする。
フロンかぁ…南極か北極か忘れたけど…オゾン層と化学反応起こしてオゾン層とは別の性質を持つものになってしまっているからオゾン層として観測するフィルターやセンサーに反応しなくなっている…のかも…?
動画を聞き流しながら1時間半くらい裁縫をしていると、右の手の指に軽く痺れが入ったので裁縫を切り上げる。
ヘルニアのせいか、長時間肘を曲げたまま作業をしているせいかもしれない。
肌着を改造していた頃もこんな感じのが強くて、その頃は右腕の太さが左腕よりも太かった。
今は、抗凝固剤を服用しているので、血栓は起きにくくなっているはずだけれども…無理はしないでおこう。
古代ギリシャの英雄達は現代の人々よりも身長が高かったらしい。
英雄ペルセウスや英雄ヘラクレスなどの足のサイズは約90センチメートルあったそう。
ひとつの試算では5メートル以上あったのではないか、とされているそう。
時代にもよるけれども、供物として捧げていたのは牛が多い印象。
牛をバラして内臓を焼いて神に捧げたのだとか。
人間はおこぼれの肉と、捧げた後の内臓を焼いて食べたそう。
シュシケバブみたいな料理かな、こっちでいうと…焼き鳥みたいな。
みんなで食べたのだろうけれど、単位が牛を何頭、なのがすごいと思う。
ヘクトールという英雄はトロイ戦争に参戦した際に、1番多くゼウス神に捧げていたらしい。
食事とよく繋がっているので、いろいろ考えられそう。
1:主神のゼウス神が雷の神様。(叢雲寄せる)
2:炊飯のついでに上昇気流が起きるので雲が出来て雨が降るのを期待する。(地中海性気候だから降雨が少ない)
…雨乞いか…?
3:1番供物を捧げた人に神様が力を授ける。(神様は沢山いるのでゼウス神でなくとも良い)
…どんだけ食べてるのか…。
4:英雄は背が高い。
…背が高いから英雄になれたのかも…?
5:天使と人間の力比べ。(日本でいう相撲)
…天使も大きかったのかも…?
6:食べる事で体重は増やせるけど(膂力)背は伸びない。(生まれ持っての資質だから)
7:英雄は神の血が混じっている、とされることが多い。
…遺伝子異常なのでは…?
そういえば、巨人症というものが世の中にはあるらしく、漫画の『ブラック・ジャック』に載っていた。
うろ覚えの記憶によると、身体は大きくなるけど心臓などが大きくなるわけでは無いので、支えられなくなったら亡くなってしまう…とか。
ウィキで巨人症を引いてみると原因は遺伝子異常ではなく、脳の中で、成長ホルモンの産生を司る下垂体というところが癌化(腫瘍化と書いてある)して、過剰に成長ホルモンが分泌された結果、身体が(一部なのか?)肥大する病気なのだそう。
(有名人だと、ジャイアント馬場さんは、そうらしい)
腫瘍化が原因なら、遺伝子異常ではなくて放射線が今よりも多く降り注いでいた時代なのだろうか…。
古代ギリシャ時代の前にいくつか文明が滅んでいるみたいだし…。
やっぱり核なのかなぁ。
核といえばロシアの東部の湖沼地帯はかなりヤバいらしい。
北欧とかインドとか神話は聞こえてくるけど、ロシアの神話は触れた事が無いなぁ。
ナポレオンと戦った時には国だったはずだから神話とかありそうなのに。
ソ連になった時に焚書坑儒したのだろうか。
今度探しておこう。
デウスエクスマキナについて想像してみた。
演劇とかで、どうにもこうにもならない状態でもどうにかしてくれる神様らしい。
それで…
1.ちゃぶ台返しをして「いいからさっさと寝ろ」と言うカミさんの声。
2.掃除機、食洗機、空気清浄機など汚れをどうにかしてくれるもの。
ここに水が含まれるかどうかは微妙かも…。
暑すぎて夜寝れなかった。
2時間位は布団に入って目は瞑ってた。
昼間ずっと毛布を縫っていたので鼻がずひずひしてたし、夕方から少し肺のあたりに違和感があり、肺炎かなぁやだなぁ風邪かなぁなんて思ってた。
体温にダイレクトにくる脈拍は昨日あたりからちょっと高めの100超えくらい。
チラミンチラミン…朝から味噌汁、さば味噌缶、ミルクココアは2杯、夜に納豆50g味噌汁、友だちにもらったチョコレート3粒。
熱源…お風呂は熱かったなぁ。
上がってからラーメンを半分食べた。
後は…身体が免疫系を活発にさせるために発熱を選んだ…とか?
そういえば寝るときにスカーフ巻いてた。
あと…5時間位432hz のを聞き流してた。
今は冷凍ミックスベリーでクールダウン中…。
体は休んでいたんだろうけれども、全然寝た気がしないのは流石に問題がありそうに思える。
無農薬栽培のミックスベリーはホライズンファームさんだっけ…Amazonにあったのが個人的におすすめ。
私にとっての記号らしきものが妙に引っかかる。
多分何かの記号なのだろう。
水ぼうそうにはなったことがある。
ヘルペスの一種らしい。
主人には適当なことを言ってしまったので明日あたりに訂正しておこう。
麻疹(ましん)…マシン…マシーン…機械…ロボット…。
AIは…どうだろう?
陰謀的な目で見ればワクチン中のナノマシン位しか思い当たらない。
まてよ、銀行システムかな、ATMかな、選挙の集計機というのもありそう。
でも私に関係していること…かなぁ。
なんだろう…。
軍用の機械の蚊とか、上空に撒かれているといわれている酸化グラフェンとか…?
大穴でこのスマホがハッキングされてる…?
らちがあかない。
半ズボンに着替えてから寝直そう。そうしよう。
アメリカ辺りで近々天体ショーがあるらしい。
それで陰謀系が沸いている模様…。
滅多にない天体ショーがあるなら、そこに人々は殺到するだろう。
人々の行き来が活発になった現代なら尚更で。
そして彼らは食事したり排泄するけど、量とか追いつくのかな。
足りないなら暴動が起こるし、今でさえアメリカでは治安が悪化しているので住民が人の多さに乗っかって暴動になりやすいのでは。
だからそれを警戒して前の日までに車の給油を終えておくように、とか必要な時のみ外に出るように、とか食料の供給の滞りを懸念して備蓄しておいてね、と言っているのでは。
カナダとの国境のナイアガラの滝では非常に多くの観光客が殺到する事が予想されている。
豪快なナイアガラの滝と皆既日食のダイアモンドリングの組み合わせはいわゆるインスタ映えしそう。
沢山過ぎる人たちがぎゅうぎゅう詰になると、足場はその重さに耐え切れるのかな。
また、もうコロナ後なので感染症の広がることも流石に気にした方がいい。
さて観光客は帰るかな。
これ幸いに不法に居残る人たちも出るのでは。
NASAが月の裏にロケットを打ち上げる噂。
3日間くらい暗い状態が続くと予想を出しているのだからその対策では。
ロケットに古い神々の名前をつけるのは名付けた人のロマンなのだと。
(アポロ神がなぜか月に行ってしまったように…)
データ収集という話もある。
傾向を知るためにも生データは必要。
膨大な量になるだろうから処理が大変だろうけど頑張ってほしい。
CERNは珍しい天体ショーだから何か影響があるかな、と期待しているのでは。
稼動するのに多大な電力や費用がかかるけどそれに見合うのかは個人的に疑問。
オカルト的な側面から言うと、悪霊を招くポータルは開かないで欲しい。
マカロニのシェルみたいな感じで米粉で油を混ぜて作ったマカロニ。
グルテンフリーで使いやすそう。
ニョッキがじゃがいもや南瓜を練り込んだものであるのだけれども、今のところ半生のみを見たことがある。
うーん…あ?といいのになぁ。
シュタイナーの音楽の読みやすい本を読み始めた。
とりあえず、顕在意識と表層意識と深層意識と眠りや芸術に関して書いてある本のようだった。
音楽は国境を越えて感動が伝わる理由の分析かなぁ、と思った。
ただ、メロディとかは変えない方が良いらしい。
変質してしまうため…かな。
音の基準の周波数とメロディとハーモニー。
あと、多分多重唱になったら神秘的な感じがすることや歌い手に恍惚感を伴うのも、多分、無数の中から同じものに出会って共同制作(同調)するという奇跡的なことだからなのだと思う。
それを考えると、合唱を下に見る風潮があるのは、意図的に思えてくる。
指揮者は、その調整を図ってくれる存在なので、大切ですねぇ。
同結節
上:100 下:60 拍:70
1分間70回 何ヘルツ?
70ヘルツ→ 70/60=0.862ヘルツ
倍音を探す
×1→0.862ヘルツ
×2→1.724ヘルツ
×10→8.62ヘルツ
×300→258.6ヘルツ
×600→517.2ヘルツ
×1000→862ヘルツ
×500→431ヘルツ ←この辺…432hz の音叉、あるね。
未来の時間は、かなりゆっくりのようだ。
いまはとても速いという話らしい。
本で宇宙人が地球と月との距離が離れていっていることで地球の自転速度が遅くなっていることを仄かしていた(警告?)。
そのスピードは加速度的な感じらしい。
個人的には、それを隠すためにケムトレイルで雨雲を作ったり、コロナ騒動を起こして飛行機の運行数を物理的に減らしたり、複数の偽の太陽や月などの天体をブルースクリーンしたり、パイプラインを壊したりするのも、しているのではないかな、と妄想している。
妄想ついでに、ブラックホールが近づいてきているからかな、と思う。
未来では地球自体がブラックホールの表面に固定されているとしたら、時間自体は安定しているように思う。
一応、古代ビルダー種族にはその技術はあるはず…だから…。
(彼らはそこに住んでいるらしい)
あとは、リビアでの地割れが起きていることが個人的にすごく気になるなぁ。
ミルクティー飲みたいさんのあの動画は、本当に興味深いなぁ。
周囲の人の日常に誰もが知らずに組み入れられていること。
その人の行動が変われば周りも引きずられるので、逆手にとればより多くの人の日常に干渉できること。
このことから波動による変革を行うことが出来るのかも知れない。
単に体感時間の長さが関係するのか、他者との接する時間が短くなると過去の一定の蓄積量が目減りした分圧縮されてしまうのか。
なんか、後者な気もする。
うろ覚えだけれども、多く(不特定多数?)の人の縁を集めてしまうと彼らにとってあらまほしきアイドル像が形成されてしまう可能性がありそうだった。
彼らは求めるのだろうけれども、集合的無意識が想念となって形成されてその内に神格化されてしまうのでは無いだろうか。
うーん…例えるなら関羽が神になったように。
しばらく前からYouTubeで都市伝説系の動画への規制が強まったのだけれども、ヤタガラスの人達が動画に出て色々話しているのはやたら見かけるようになった氣がする。
(単にAI選択の結果なのかもしれないけれども…掛かる
ローマ時代末期の本『サテュリコン』をしばらく前に読んだのだけれども、その当時は人々は祈りを大きな口に出して、その代わりにAをしますから、と続けて、それを聞いていた周りの人たちが彼らの願いを叶える代わりにAをもらい受ける、という仕組みが成立していることを示されていた。
動画の人は、過去40年ほど祈り、踊り続けてきたらしい。
踊りのほうは、神楽舞の類だろうか?
ローマ時代のほうは、俗に塗れているのかもしれないけれど、思考を現実にしないと実際には起こらないという仕組みを考えると、彼らは『祈る人』という役割があるのかもしれない。
英語だとプレイヤー。
Prayer(祈る人)
Player(遊ぶ人)
LとRの違いで意味が変わるのが面白い。
ここにも、もしかしたら掛け言葉的な遊び要素が含まれているのかもしれない。
TRPGなら、その世界に存在するキャラクターの背後の人、みたいな存在かな。
なら、神様はゲームマスターやウォーデンのようなものだろうか。
要望や行動などを見聞きしながらゲームマスターは世界がキャラクターにどう反応を示すのかを示していく。
世界は、NPCだったり、形の無いものだったりするのだけれども。
最近、時々思うのだけれども、食事の前の『いただきます』は、食物などへの感謝だろうなぁ、ということ。
世界には、『いただきます』に当たる言葉が無いのだとか。
だからキリスト教では、食事の前に祈りを捧げるのかもしれない。
いろんな海外に行く機会がある人は、現地の食堂などで、『いただきます』をしていくのは、どうなのだろうか。
まぁ、日本人がやってる不思議な儀式か習慣と思われるとは思うけれども、面白がって覚えたり、『いただきます』してくれることもワンチャンあるかもしれない。
あ、うちは無理ですね。
海外に行くようなお金の余裕も、心の余裕も無いですから…。
本の『イーリアス』を読んでいて、今回氣に掛かったところは『開く間』。
あくま、と読ませてあった。
いや、なんてない古めかしい表現だっただけ、なのだけれども、妙に…氣に掛かった。
『開く間』と『悪魔』と『開かずの間』。
今思いついたのは、『あ、熊』とかね。
何のジョークだろうか。(汗)
間髪入れず、というのは、すぐに、という意味だったと思う。
脊髄反射かなぁ。
間に髪の毛の太さも挟まずに、ということだから、そうだなぁ…。
現代で人に、「お金が欲しいか?」と聞いたら間髪入れずに「頂戴」と言うが如く?
もっといい例えはあるだろうか。
例えば…流れ星を見つけた時に願いを3回言えた時…とか?
これなら多分)間髪入れず』の説明になるかしら?
素直な欲求のみなら、間髪は入らず
何かよからぬことを思いついたら、答えるのに間が開くのでは?
脳みその思考時間かなぁ。
あくまで悪魔は脳みそにいる、か…。
間が開いていると、冬は特に冷氣が入ってきて寒いですよね。
私流の解釈では、冷氣は霊氣に繋がっていて、ついでに書くと龍は流と繋がっているように思っている。
冬は寒いからドアや襖(ふすま)を閉め(〆か?)たいもの。
(ここでこじつけるなら冷えは万病の元だから、ね。)
ここでいつも間を開けるのが癖になっている人がいたら、どうだろうか。
寒いと言っては閉め、開けたままにしないでと言っては閉め、それでもまた扉の間が開いている…。
積もり積もって、意地悪をしたくもなるではないか。
それで意地悪を過剰にしてしまって亡くなった場合は、彼は言うだろう。
「魔がさしてしまったんだ」と。
話にはよく聞く『開かずの間』の話。
実際にお目にかかっていないので都市伝説の類に当たるのかもしれない。
開かずの間は、何故開かないのか、開けない方がいいのか…。
ちょっと連想が飛んで、御守りの袋を開いてはいけないのを思い出した。
隠されているから神秘性が付加されているのであって、恐らく医師のカルテや紹介状なんかもその類なのだろう。
ヌードのお姉さんよりも靴下を履いている、とか、首にネクタイを閉めている、とかエプロンだけ着けている方がムラムラと性欲をそそるのは、極端な話だとチラリズムなのでは…?
…それとも小物で非日常を演出して場(結界とも空間とも空氣が出来てしまうからだろうか…。
なんてことを考えた。
夢で、10日後にサーカス(出し物)が始まるから、頑張って的なのをみた。
その後、亜鉛、セレンときて、関連でケルセチンと頭によぎった。
10日後に何があるのだろう、と思いつつ、3つをWikipediaなどで調べてみた。
結果…健康な食生活を意識し過ぎているあまりに、常態的にいろんなものを取り過ぎていることに気が付いた。
子供の頃は、基本的に親が与えるもの以外は、あまり食べることが出来なかったから、それでよかったのかもしれない。
コロナになる前からだけれども、魚類を意識して食べたり、体に良さそうなものも選んできたし、コロナ後からは缶詰類も、ここしばらくで食べ出していたのだけれども。
退院してから、更に氣を遣って食材も選んでいたのに、高効率化していることが仇になってしまっているようだった。
こうなったら養生、とか、氣を遣って、とか、意味があるのかないのか判らない。
まぁ、ダイエット中なので、カロリー自体は減らしていて、以前よりも食べる量も減っているハズなのだけれども…どうなることやら。
中庸とかバランスよくとか、ほどほどって意識すればするほど難しくなるのは、何なのでしょうね。
夢の中でフィリピンかベトナムのお菓子はどんなものだろうと思って、起きてインターネットで調べていると、思わぬところにヒットした。
フィリピンでは、紫芋のことを『ウベ』と呼ぶらしい。
むべなるかな、の、『むべ』の見た目が紫芋に似ているからかな、と思ってしまった。
Wikipediaをみてみると、朝鮮半島南部や中国、台湾に自生する植物らしい。
ちょっと面白かった。
今朝は、私の管理の不行き届きで食あたり起こして体調崩していたのだけれども、具合が悪い中まどろんで夢を見ていた。
起きてみると、やっぱり自分の体調はあまり優れていなくて、困ったなと思ったのだけれども。
夢を見たというよりも、見させられたような気がした。
言葉で表すのは、難しいのだけれども…。
多くの人々の心の底にある不安が別の世界で具現化して現象として襲ってくる。
それが実際に襲ってくるために、具体的な対策を取ろうと頑張った結果向こうに侵食していく。
向こうの世界では、それにさらに対抗するために次の現象が実体化する。
といったような悪循環が、行われているようだ。
1つの具体例としては、コロナ後の世界を見ればわかりやすいのかもしれない。
根本的な問題は、多くの人の心の底にある不安が多く溜まっていること。
それをどうにかしなければ、繰り返されるだけのような気がする。
例えば天皇陛下は、昔は日本においては絶対的な崇拝対象だったのだけれども、今ではそうでも無いのかもかもしれない。
彼が、彼らが、心を寄せることで救われたと感じる人たちは昔に比べて減っているのかもしれない。
多くの人たちの心の慰撫を…。
実際に作ってみて、結構おいしかったのでレシピ公開。
◆金柑タレ
金柑…10個(約70g)
食用油…10g
平豆(茹)…90g
金時豆(茹)…90g
焼き肉のたれ…70g
塩(今回は岩塩)…ミルで12挽き
胡椒…3振り
作り方
洗った金柑の水を切り、蔕を取り、房を切断する形(横)に切断後、中の種を取り外す。
横にさらに切断。(1つの金柑を4つに分ける感じ)
水気を飛ばしたフライパンに油を入れ、金柑を入れ軽く加熱。
塩、胡椒を入れ、軽く混ぜる。
水気を切った茹で豆と焼き肉のたれを入れ、混ぜる。
蓋をして3分煮る。
蓋を取って皿に乗せると完成。
茹でた麺類にスパゲティーのように絡めて食べると美味しかった。
豆のかわりに葱類や薄く切った根菜でも合うと思う。
金柑を多彩に料理したいなぁ…。
先日、TRPGの参考資料として、マジックザギャザリングのブースターを複数購入した。
キリのいい数ではなかったので、店員さんがブースターパックを横に並べて何度も数え直し、指差し確認などを含めて、をされていたのがとても印象的だった。
他の人のブログなどでチラチラ状況確認するに、生物兵器による脳障害が、公に広く現れ出しているのかもしれない。
しかしながら、そこはコンビニだったからか、何度も確認を行う、指差し確認も行うなどの対策が、おそらくマニュアル化されたんだと思われる。
お店は印象が大事ですからね。
簡潔に、わかりやすいマニュアルが普及すると(一問一答形式か?)働く人に柔軟性が求められなくなるけれども、それこそ機械かロボットかのように、事細かにマニュアル化された指示に従わなければならないようになるのかもしれない。
もう、何十年も前に揶揄されていた『マニュアル人間』に、本当になって行かざるを得ないのかもしれない。
今の、儚く脆い世界を維持するために。
私も、昔からあったものの、頭で思っていることを口に出すと変わっているという現象や、言い間違え、うっかり忘れが最近少し増えているような気もする。
カクテル効果の1種だと思いたくはあるが、家族を通してシェディングのために、もしかしたら私も侵されているのかもしれない。
家族には、仕事に行って欲しくは無いけれども、収入という財源をシステムに握られているので、人身御供に出さざるを得ない。
家族自身は、仕事に行くことがあるべき姿だと刷り込まれているせいなのか、何度理由を説明しても仕事に行ってしまう。
本当は、機会があればいつでも休みたいといっているのに、理由を言っても納得しない。
言い訳は一応あるようで、やっぱり収入の事と老後のことを言っていた。
家族を世俗から切り離すためには、やはり、それをするだけの社会的な大きな災害などの理由が必要なのかもしれない。
それは、言い換えれば、そういう状況にならない限り、システムは止まらないということ。
余談:
マジックザギャザリングのイラストレーターのTIANHUA Xさんの『島』のイラストが結構好き。
私の創造したTRPG内の世界では、地裏の世界の入り口になっていた。
ミュルミドーン達がいたり、世界樹の根と繋がっていたりした。
spamがアメリカ、カナダ、韓国から来ていた。
このブログでは初めてかな、コメント確認しました。
spamのは、いくつかは削除して、後のはspam指定すればいいのだと気づいた。
コメントにリンクを直に貼ってくるのは、確かに不審で気持ち悪いかも。
それを禁止にしたYouTubeには賛同できる。
エゴサーチしてくれてることを祈りつつ…。
大和さんへ
私も一緒に過ごした日々は楽しかったです。
ありがとうございました。
ドクダミ崇拝があるようだった。
個人がそれぞれで信じるのは一応自由なので、この記事自体がどうでもいい話。
たくさんのドクダミの花に高濃度アルコールを注いで作るとのこと。
白くて可愛い花なので、プラシーボはバッチリ。
高濃度アルコールなので、皮膚に塗ると体温を急激に奪うので、痒みが止まる。
しゅっしゅっとふりかけて外出しても蚊に刺されない。
高濃度アルコールがその人の周りに飛散しているから。
問題は、その人の脳が萎縮してしまうこと。
本人は多分気付かない。
とある方のブログを読んでいて、『2001年宇宙の旅』という映画?の幻想を思い込ませるために宇宙開発を続けなければならないという話だった。
オデュッセイアという単語が出てきたので、ウィキペディアで見てみると、かなり長い放浪の旅みたいなニュアンスのことが出てきた。
トロイア戦争の後の話らしい。
全部で24巻あるらしく、イーリアスと同じ位の長さだ。
こちらはもうすぐ読み終わるので、今度はオデュッセイアを読んでみようかなぁ。
聖書を信奉している人たちは、彼ら自身が長く放浪している人たち(ユダヤ人)である、と思っている人たち、(そうでなければならないと思う人たち、そうでありたいと思う人たち)だったりするのではないかと思う。
彼らには選民思想がある。
自分たちは、選ばれた民であるという考え方。
そして、古いユダヤ信者ではなく、新しくユダヤ教に入った人たちは、ユダヤ民族ではないそうだ。
聞いた話によると、ユダヤ人とは人数的に少なくなったので、ユダヤの聖書や教えを受け入れる人たちを歓迎したという面があるらしい。
そういう人たちは、もしかしたら、他の国のルールや宗教的価値観から、あぶれたものたちなのかもしれない。
長く放浪するというニュアンスからは、カインの末裔を彷仏とさせる。
周囲の社会から受け入れられない自分たちは、カインの末裔なのかもしれない、と強く思いたいのかもしれない。
もしかしたら思いたいのではなく、それをなぞることで、自分たちがそうなんだ選ばれた民なんだと、強く主張したいのかもしれない…声なき声で。
昔遊んだゲーム『オーディンスフィア』の中で、予言の書の通りに、ことを運ぶことで終末(予言の書に描かれている終末)を正しく実現させようとしている集団が描かれていた。
主人公サイドにしてみれば、狂気の沙汰だ。
一般人から見ても、狂気の沙汰なのだろうけれども、一般の人たち(民衆)には公にされていない。
もしかしたら、もしかしたら…彼らはそれを繰り返し繰り返し、強くなぞることで、自分たちが選ばれた民であると主張しているのかもしれない。
(彼らを受け入れない)世界は、彼らにとっては腐敗で溢れていて(世の末)、今が世の末なのだから、救世主が現れて自分たちを救ってくれるはずだ。
自分たちは、正当な神の血筋のもので、カインの末裔なのだから腐敗しきってたこの世界に馴染むことなどできない。
自分たちは、神に選ばれた存在なので、救世主が現れてきっと自分たちを助けてくれるだろう、そのはずだ、そうでなければならない。
そう思い続けることで、彼らは自分たちの国を持たないというアイデンティティーの喪失の代わりに、新しいアイデンティティーを獲得したのではないだろうか。
世界中を旅して、それでもどこにもなじむことができなかった彼ら。
東の果ての園(エデンの園=日本)にたどり着いたものの、そこの住人は排他的であった。
彼らは、力ずくでどうにかしようとするのだろうか。
太陽と北風を匂わせてしまう。
日本としては、(私個人としては)社会の共通ルールを守って、治安を乱さなければ、隣人として歓迎できるのではないかと思う。
ただこれは、理想論なのかもしれない。
彼らがそれを今までできたのなら、こんなことにはならなかったはずだからだ。
そして、私の住んでいるところが川口市では無いから、机上の空論を書くことができるのかもしれない。
当事者だったら、きっととんでもないこと、と思うのだろう。
距離がある程度ないと、心の余裕もなくなるから…。
ん…?
これが、ソーシャルディスタンスという意味だろうか?
半径2メートル…。
2メートルの距離があれば、ナイフで刺される心配はしなくていいのかもしれない。
動画を見ていて思ったことがある。
前々から何度も反芻していることだけれども…。
人々が1人でいろんなことをやっていた時代とは違って、社会の構造も、分野も1人でカバーするには広くなりすぎて複雑にもなりすぎた。
確か映画『モダンタイムス』に象徴されるように、(チャップリンが出ている映画だったような)、1人ひとりが社会を動かすための1つひとつの歯車になって社会を動かしている、というのが現代社会(先進国限定)だと思う。
私は日本に住んでいるので、具体的に日本の例ぐらいしか、わからないのだけれども…。
スピリチュアルとかでもいわれるように、(真実系かなぁ陰謀系かなぁ?)いわゆる大学では、それぞれの分野が分かれていて(もちろん専門学校も専門分野を履修する教育機関だ)専門化することで、まぁ…狭く深い知識を手に入れることができる。
1人ひとりが狭く深い知識を複数の分野にわたって保持することができないので(集中するためにも)、役割分担をするという意味で『分化』と呼ばれる。
学校卒業して社会に出て、会社に勤める人には会社の中での1つの歯車として、家庭に入る人も、家庭という社会の中の1つの歯車として、役割を担うことで自己承認欲求も満たすことができるし、周りからも感謝される。
『分化』自体は、構造の形式なので、別に悪いものではない。
そういうシステムを採用しているというだけのことだ。
だから、『分化』に、なりすぎている人の深層心理や思考回路としては、一所懸命自分が頑張っているのだから、それより他のところでトラブルが起こったら、自分のせいではない、その担当の人たちが悪いんだ、となるのだと思う。
『他責思考』と呼ばれる考え方の形態なのだろう。
逆に『自責思考』が強く働いている人は、自分の周りに集まってくるトラブルを、いわゆる自責の念として捉えてしまって、他責思考の人たちがとても多いこの社会では、心の病気や脳の病気というふうに捉えてしまわれるものらしい。
ただ単に、物事の捉え方が違う、ということなのだけれども…。
広く浅くできるようになる事と、狭く深くできるようになることは、状況によって良い面も悪い面も現れてくるのだろう。
ただ単に、違う要素を持っているというだけなのに…。
一方の立場の人は、自分たちが間違っていなかった、と思い込みたいあまりに、バイアスがかかっていて、もう一方の考え方をなかなか認めることができない。
それ自体は、人間の心を守るために必要な機能なのだろう。
だからといって、自分とは価値観が違う人たちに対して、攻撃したり強要したりするのは、やはり違うのかもしれない。
お互いに、お互いの価値観わかり合えたら、お互いに住み分けて、コミュニティーとしても良い関係に落ち着くようには思うのだけれど…。
実際に実現できるかは、かなり難しいのかもしれない。
『以外』って、意外と便利だよね。
いや、オヤジギャグではない。
言葉として通じてしまうので、便利すぎて、言葉が差す本来の範囲を超えて使ってしまっているきらいがあるようだ。
もちろん、自分も含める。
国語学者か蘊蓄(うんちく)かよ、とか言われそうだけれども。
とか言われそうだけれども。
『以』が便利、というか、誤用されて定着しているのだろう。
A以外…
本来は、Aも含める。
正しい表現として訂正するならば、『Aより外(ほか)』という表現が適切のように思う。
うざいとか、別にどうでもいいだろうとか思われる向きは多いかもしれない。
まぁまぁ、…いいじゃないですか。
(心の中の声:歪められている(もしくは歪んでいる)のは多分氣づいていないんだろう)
些細なことかもしれないけれども、意外と大きいことかもしれないなと思ったことでした。
家の天井近くの壁のところに白い縦長の四角い箱があって、中央に何か装置があってガラスか何かで覆われれていて、その下の左右に黄色いランプと赤いランプが消灯していたのが、黄色いランプが何回か明滅すると赤いランプが点灯して何事だ?と思って慌てて止めようとして近づいたところで、目が覚めた。
リアルには、外で雨が降っており、激しい雷(遠雷?)が鳴っていた。
大阪弁は、人の感情をあおったりまくし立てるのによく使われるツールだな、と思った。
九州弁自体も、かなり荒いもので、他の地域の人たちが会話を聞いた場合に、喧嘩越し(もしくは喧嘩になっているのではないか)、と思われるものらしい。
九州弁のナチュラルに話している当の本人たちは、ただ普通に会話をしているだけで、ただ相手に親しみを持って普通に話しているという状況のようだ。
その親しみの距離感が、私には気持ち悪いので、他人行儀と思われても、なるべく標準語を使うようにしている。
大阪弁は大阪で使われている言葉だと思うので、大阪あたりの歴史が関係しているのではないかと思う。
大阪弁は大阪で使われている言葉だと思うので、大阪あたりの歴史が関係しているのではないかと思う。
聞くに…江戸時代頃は、江戸の台所と呼ばれて、食材が集まったり貿易の中心地になって商人が勢いを競っていたと聞きます。
その彼らの活動がなければ、江戸での生活は成り立たなかったのだろうから、それらが悪いわけではないと思う。
ただ…風土(地政学的な意味を含む)は気質を育んで、言葉となって伝わって後に残っていくものなのだろうなと思う。
良いか悪いかは別にして、その地方の方々が持つ特性の1つだと考えるのは良いだろうか。
やり方は私にはまだわからないのだけれども…
上からの情報が滞っていて、下からの情報も滞っているようだ。
上からの情報をおろす人がもっと増えるといいと思う。
下からの情報を上にあげる人たちが増えるといいんじゃないかな。
あー……別の人のブログをちょっと読んでいて書きたくなった感想を書いてみる。
スピリチュアルで魂が一定の評価に達していない人たちは1次元に落ちるという話がある。
僕の勝手な解釈によると、それはいわゆる原子をさらに構成する要素のクオーツとかトリノとか、そういうのに置き換えられるんじゃないかと思っている。
日頃、個人的に頭の中で反芻して考えていることの1つに、洗剤などの物質が、ちゃんと物質の法則通りに動いているから洗剤として効果を発揮するのだと。
俺は洗剤の中の一要素ではなく別の要素だから別の性質を持っている、とそれぞれが自己主張始めると、その千歳は、洗剤としての役割を果たせなくなってしまう。
別の性質を持っている、人それぞれが自己主張始めると、その洗剤は、洗剤としての役割を果たせなくなってしまう。
なので、洗剤を構成する物質の中の一要素として法則通りに動いてくれる事はありがたいことだなぁと思う。
さて、私が死んだときには、また人間に生まれ変わることができるのだろうか…。
個人的には、傷つきやすい魂で小さくはあるけれども、歪みは少ないといいなぁ…光も透明度も高いといいなぁ…。
とある方のブログを読んでいて思った感想を書いてみる。
比較して接種率が下がっているのは、もしかしたら、外国人の方に日本人になってもらって日本人としてカウントしていくと日本での1回目の接種をしていない人が増える可能性がありそうだなぁ、と思いました。
あれだね、会員しかコメントできないのなら、やっぱり囲い込みかな。
気づいたことをコメントしようと思ってコメントを押してみても、ログインしなければコメントできないような仕様になっている。
出版社と同じで、著者(ブログ主)をある程度守るための措置かもしれないけれども、結局自分の所の会員になって個人情報を差し出せと言っているようにしか僕には思えない。
それだけ、ウェブ上の治安も悪いのだろう。
これは、一般的なことではなく、個人的なメモ。
専業主婦をしていると、自分自身の力では現金収入がない。
ずっと専業主婦をしていると、家庭から見て外貨を得ている人に対して負い目をどうしても感じてしまう。
知り合いに兼業主婦をしている人がいたりすると、さらに自分と比較してしまう。
さらに相手に子供がいたりすると、私は子供を持っていないので、なおさら惨めな気持ちになってしまう。
それは相手が悪いのではなく、自分が勝手に比較して勝手に自分が惨めな気持ちになっているから、そうなってしまうのだと思う。
しかしながら、この状況を打破するには、かなり長い時間がかかってしまった。
実現不可能な条件と実現可能な条件を書き出して、実現可能な条件を満たせるように、してみた。
私の場合は、主人と相談して、1日1回無条件で、お小遣いを500円もらえるという取り決めをした。
500円玉は一番大きな法定通貨のコインだ。
ずっしりと、重量感もある。
気分が乗らなくて、家事ができない日でも、500円。
具合が悪くて、家事ができない日でも、500円。
もちろん、頑張って料理を作れた日も、500円。
こうすることで、『自分自身にも価値があるのだ』と少しずつ少しずつ、思えるようになってきた。
そういえば、なぜ私がお金を得られないことで自己肯定感が下がったか、について先ほど少し考えた。
昔は、(といっても、一昔ふた昔以上前の事だが)専業主婦はごく当たり前だったと思われる。
しかしながら、社会の風潮として、女性も社会進出をし、お金を稼ぐ人が増えてきた。
正社員でなくとも、パートや、アルバイトで兼業する人もかなり多くなってきたようだった。
そんな中、私は専業主婦を選んだ。
選んだこと自体は、私の責任であり選択の結果だ。
選んだ理由は、自身が現代社会に不適合だと感じたからだ。
化粧もしたくない(する価値が見いだせない)し、朝早くも起きたくない(する価値が見いだせない)し、何より忘れ物が頻繁だ。
加えて、顔も自由自在ではないし、体系的にも別に美人でも何でもない。
しかも、ストレスを溜めやすく、ひがみ根性ときた。
自分で書きながら、そりゃ無理だわ、と改めて思ってしまった。
みんな、やりたくないところをどこかで妥協して、仕事に出ているのだろう。
生きる(生活の糧の代わりとなる金を得る)ために。
私は、実はも何も、『他の人と一緒』のことが好きではない。
何故かというと、そこにほとんど価値を見出していないからだ。
しかしながら、社会に出ている多くの人(と私が思っている人たち)はおそらく、『自分がみんなと同じ(仲間)』だと思うことで、安心感というか心の安定感を得ているんじゃないかと思う。
日本人の特徴といわれる価値観だけれども、もしかしたら、日本は、先進国の1つとして経済的に発展し、ものが豊かになっているのと引き換えに…。
少し話を戻そう。
私が専業主婦を選んだ理由の1つとして、祖母から、こういう話を聞かされたからだ。
『大学とかに行って結婚して、旦那さんよりも収入が高い女は、旦那を低く見て、家庭が不和になる。』
……今これを書きながらふと思ったのだけれども、これって、モンスターペアレントと言われる方たちにも当てはまるのではないだろうか。
(安直すぎるだろうか?)
『大学卒業後に就職して、子供を産んで、教諭よりも学歴が高い女は、教諭を低く見て、教諭を尊敬する事が無くなって、学校の方針等に噛みついてしまう。』
モンスターペアレントという言い方も、学校側が手に生えない親について一方的にラベリングしたラベルだ。
聞いた話によると祖父が子供の頃は、少なくとも教諭は『聖職者』という扱いだったらしい。
しかしながら、時代が下って、そうだなぁ… 20年以上前位から『性職者』なんて、揶揄されたりする向きもあったらしい。
昔は、教諭はインテリ層で、親は無教養というのがほとんどだったそうだ。
そういう意味で、親は、子供にいろんなことを教えてもらうために、教諭に尊敬の念を向けていた、らしい。
…そういう威光もあって、体罰も多く行われてきたそうだ。
祖父の話を思い出すに、『何かあったらグラウンドを10周させられたとか、学校の山の上まで往復させられた』などと言っていました。
しかしながら祖父は同時に、その教諭に対して尊敬の目を向けていて『でもその先生も一緒に走ってくれた。だから偉い。』とも言っていた。
続けて、今の人は口だけで…という小言は、ちらほらついてきたようだった。
意外と、その小言は大きいものかもしれない。
そして、今日もブログの管理画面のぱっと見のところが閲覧数0と書いてあるのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
人に見られなければ、それは全く価値がないのかもしれない。
しかしながら、誰にも見られないことで何かを言われることもなく、安心して頭の中の考えを垂れ流すことができる。
YouTubeをする前からだったけれども、見てもらえることや登録者数が増える事は、『動画を聞いてもらえた、気に入ってもらえたのかも』と思い、ちょっと嬉し恥ずかしかった。
私は流行に乗るのはだいぶ遅いらしく、ブログもピークを過ぎていたし、ニコニコ始めた時も、ピークを過ぎていたらしい。
その後にYouTubeを始めて、その辺からSNSを触りだして…そして結局、ブログに戻ってしまった。
ブログというのはウェブログ(weblog)のことで、インターネット上で綴る日記のようなものらしい。
今でいう5chでは、チラシの裏と言い方がされていた。
いろんな所のブログを渡り歩いてきたけれども、今のところは、日本人が使っている割合が少ないんじゃないかと思っている。
ここのブログの会社は確か…イギリスだったような。
その後、Googleに買収されているようで、Googleアカウントと連結されてしまった。
個人的には、もっとこっそりしたい…。
(土の中にいるミミズのように…)
だいぶ古い情報かもしれないけれども、日本で流行っているブログは、FC2ブログやティーカップブログ、Ninjaブログや、アメーバーや、mixiなどがあったように思う。
最近は…Noteブログというのも、よく見かけるようになった。
ブログをたくさん人に見てもらうことで、お金を稼いでいる人もいるらしい(アフィリエイト)。
そういう人は、おそらく…人から見てもらうために刺激的なタイトルをチョイスしたりするのかもしれないですね。
エンタテインメントの提供の一環だと考えると、別に悪くは無いのかもしれない。
しかしながら、自分としては、なるべく情報に振り回されたくないものだ。
確か、旧約聖書にカインとアベルの話があったと思う。
僕も、本物は読んだことがないので伝聞の情報だけなのだけれども。
曰く、神に「今年の収穫物です」とカインとアベルの兄弟が捧げ物を持って行ったときのこと。
カインは、「おかげさまで今年は、これだけ実りがありました。ありがとうございます。」と、穀物を見せた。
神が受け取ろうとするとカインは、「すべては困ります。来年の種まき用の分が必要ですから。」と言い、全てを差し出すことを躊躇しました。
神が受け取ろうとするとアベルは、「今年生まれた子羊です。」と、丸々1頭を差し出しました。
なので、神はアベルの差し出す捧げ物を受け取り(選び)ました。
捧げ物を受け取ってもらえなかったカインは、アベルに嫉妬してアベルを殺してしまった、という話だ。
ウィキペディアを検索してみると、もうちょっと生々しい感じで書いてあったので、私が知っている話は、子供用などにソフトタッチ化されているものなのかもしれない。
しかしながら、重要なのは、カインとアベルという兄弟がいたこと、アベルの捧げ物のみを神が選ばれたこと、嫉妬したカインがアベルを殺してしまうこと、カインが嘘をついたこと、という点だ。
私の知っている、ソフトタッチな方では、正直にすべての実りを見せたカインなのに『正直者が馬鹿を見る』経験をしている。
なぜならアベルは、今年生まれた全ての子羊を差し出したわけではない。
アベルは、今年生まれたすべての子羊の中から1頭を選んで差し出したからだ。
麦1粒と子羊1頭では、大きさも値段もだいぶ違うだろう。
しかしながら、労働者にとっては、同じだけの価値があるものなのだろうと僕は思う。
相手が神なので、なぜ子羊を選んだか、は、その神に聞いてみないとわからないけれども、単に肉食だったのかもしれないし、カインが見せたすべてをくれないから戸惑ったのかもしれないし、気分で選んだのかもしれない。
どちらにせよ、神は捧げ物の片方を選びとり、選ばれなかった方に不名誉を与えたことになってしまった。
おそらく一神教であるユダヤ教の世界では、神様に捧げ物をするというのは名誉な(尊敬されるべき)行為だ、と、彼らのコミュニティー内では重要視された価値観なのだろう。
例えば教会組織は、対比を用いてカインよりも、アベルの行為が推奨されると民衆に説いただろう。
(私がひねくれているので、そういう解釈しかできないのかもしれないけれども)協会組織の繁栄のために、もしくは協会組織自体の権威付けのために…。
…などと考えると、カインとアベルの兄弟の話は、もしかしたらでっち上げの可能性があるのかもしれないなぁ…と考えてしまった。
そこまで、長々と書いてきたのだけれども、『嘘は泥棒(犯罪)の始まり』や『嘘の上塗り』という言葉が日本にはある。
1つの嘘がきっかけで次々と嘘が嘘だとバレないように覆い隠すためにさらに嘘をついていって、その嘘の雪だるまで身動きが取れなくなってしまって、それを打破するために大きな犯罪を犯すことになってしまうという戒めの言葉なのではないだろうか。
現代の科学や歴史、政治、経済や宗教…ありとあらゆる分野で、もう嘘が隠せなくなってきて、彼らも身動きが取れなくなってきたようだ。
根本の1つの嘘が見直されることで、この世界は、価値観が大きくがらりと変わっていってしまうのかもしれない。
私個人的には、この世界はとても生き辛いので、早くそう変わってほしいと思っている。
反面、自分を振り返って、言葉の端々や考え方なども、少しずつでもいいので考えて気をつけて変えていくようにしなければならないのかもしれない。
少しずつでもいいので考えて気をつけて変えていくようにしなければならないのかもしれない。
でなければ、回り回って自分にブーメランとして返ってきてしまうかもしれないからだ。
悪には加担したくない、と思うからだ。
例えばそれには、『気→氣』と書くところから、とか。
この漢字を目にするたびに、バイアスが働いて、極右の人かなぁ、と思ったりするけれども、本当はそういうバイアスを外していかなければならないのではないだろうか。
なぜならば、『氣』という漢字をチョイスする事は個人の自由であり、普通に使われていないだけで、正式な旧字体だから。
そして、この漢字自体には特定の思想が含まれているわけでは無いのだから。
東京タワーが中国の国旗の色にライトアップで染まったらしい。
長崎の私から見れば、春節の旅行客を歓迎している姿勢をアピールして、観光客を東京に呼びたいという意図があるのではないかと思う。
長崎市もこの時期は、長崎ランタンフェスティバルが開催されている。
長崎は、古くから中国から移住した人たちなどがコミュニティーを作って住んでいる都市の1つだ。
ランタンフェスティバルも、彼らの祭りや要望から観光資源として長崎市が全面的にバックアップしているという背景があるように思う。
また、ここまで盛大に中国色を前面に押し出しているということもあり、国内でも珍しがられて観光客も多く訪れているようだ。
聞くところによると、今年は春節の長期間の連休でも、日本を訪れている中国人観光客の数はぐっと減っているらしい。
爆買いをあてにしている日本の企業も肩透かしを食っているのではないだろうか。
10年以上前から、中国の経済崩壊が起こると毎年のように言われてきたけれども、(今現在も危うく思えるけれども)日本への影響は、まだあまり無いように感じる。
もちろん、資源価格の上昇や物流経費の上昇等の影響はあるのだろうけれども。
主人によると、中国という国は独裁政治を教えているので、統治者の恣意によって国の徳政令が行われたりすることが可能だから、なかなか崩れないのではないか(政権が続いている限りは崩れることが想定できない)ということだった。
また、一部の向きによると、中国の国債を買っている国は少ないので、影響受けるところはそう多くないのではないか、という話も出ている位だ。
実際のところは、それが起きてみないと、どれくらいの影響が出るかも、全くわからないところが怖いところだけれども。
ソーシャルゲームの『グランブルーファンタジー』でヴァレンタインイベントにスパタンプリオンの要素をねじ込んできたので、バビッタ。
サウナの話や時期、プレミアムフライデーの話の要素から、向こう側の人たちで、そっちに誘導したいのかな、と思える。
褒めるところがあるなら、時流に乗った話題ですね…かな。(苦笑)
日本で流通しているゲームの多くは、韓国のエンジニアが関わっている。
なんせ、『純国産』を売りにするゲームがあるくらいだから、どんだけだよ(笑)って話。
作品にもよるけれども、彼らはセンスも良く、イラストも美麗で、バリエーションも豊富で、丁寧な作り込みもする。
発注作業を日本がしていたのかもしれないけれども、その結果、技術者が日本では、もしかしたらほとんど育たなくなってしまったのかもしれない。
民族の特性の結果なら、傾向があって仕方がないのかもしれないなぁ…。
美容関係の話を書いてみようと思う。
まず、それをしようと思った理由は、以前から読んでいたブログの人が、とあることをきっかけに自分自慢路線に大きくシフトしてしまったから。
やー…社会への不満や愚痴、批判を言う事は、ストレス発散になったのだろう。
自慢をするようになったのは、SNSなどでいう自分盛りをしたくなったからだろう。
虚栄心が働いたのか、自分で自分のことを上げておかないと精神が疲弊するからなのかもしれない。
ただ…私自身はまだ人間がそんなにできてはいないので、褒めることも、イエスマンになることも、嫌だと思っている。
褒めることも、イエスマンになることも、嫌だと思っている。
そして知り合いから美容について発信すれば良いのでは?
のようなことを言われたことがあるの思い出して、書いてみようかなと思った。
のようなことを言われたことがあるのを思い出して、書いてみようかなと思った。
私が考える美容のコツは、酸化ストレスにどのように対抗するか、と、摩耗との付き合い方、と、栄養バランスの維持、と、免疫系を上げて感染症にかかりにくくすることのように思う。
◆酸化ストレスにどのように対抗するか
よく言われていることだけれども、ビタミンCなどの抗酸化作用のあるものを摂取する。
アスタキサンチンやファイトケミカルなども良いらしい。
それから、肌などを強い日差しに、あまりさらさないようにすること。
虫に刺された時などは、掻き毟らずに薬液をつけるなどで対処する。
◆摩耗との付き合い方
お風呂で体を洗うときに、摩擦係数の高いものなどで皮膚をゴシゴシこすらないようにする。
肘やくるぶしなどは、刺激を与えすぎないように気をつける。(靴下のロゴがくるぶしに当たらないように調節するなど)
湯船につかって皮膚がだいぶ柔らかくなったタイミングで手のひらで肘やくるぶしなどを優しく擦るようにすると良い。
◆栄養バランスの維持
カロリーや、特にタンパク質の、1日に必要な量を自分に摂取する。
特に朝食に、ある程度のカロリーが必要なようだ。
最近言われていることには、朝食に十分な(少なくとも)カロリーを摂取できていない場合に、体が自分の体(筋組織など)を分解して必要なカロリーを補おうとするらしい。
また、タンパク質は体の中でペプチドやアミノ酸に分解されて酵素や細胞を構成する分子になるので、健やかに生きていくためには、ある程度必要だと思われる。
◆免疫系を上げて感染症にかかりにくくすること
コロナ後は『免疫系を上げて』と言ったら、予防的にワクチンを接種することを指す事だと感じる人と、栄養面を整えて雑に生きよう、と思う人と別れたようだ。
個人的には後者を推す。
以上になります。
書いてみたら意外とシンプルだなぁ…。(笑)
さっき通販で買い物をしているときに(そこの会員じゃないんですが)、お届け先の入力ページがあって、送るために必要な情報を記入してくださいという趣旨の内容だったのですが、なんで性別を書かなアカンの?と思った。
多分…昔からの慣例で性別の項目は引き続いて必須になっているところが多いのだろう。
こういうところに、LG BT Q+の方々は不満を感じているのではないだろうか、と思った。
私の知り合いでも、女性のような名前の方が2人ほどいる。
ダイレクトメールや電話勧誘などで、名前の日だから女性だろうと判断されて送られてくるということが多いようで、結構過敏になっている。
トラウマになっていないと良いのだけれども。
女性の私でも、必須ではないのに性別の記入を求められるのは、どうかなと思う。
理由としては、それで配達するしないなどの要素が変わる事は全くないと言うことと、個人情報としてインターネット上に残るものなのだから(性別も立派な、個人情報な点を特に強調したい)。
古い慣習を捨てて、現在を生きる人たちに合わせた形でシステムもフィットしていくことができたらいいのになぁと思う。
昨日つらつら考えていたことをメモにまとめてみた。
昔、政権が安定していた中国に対して動乱期の日本は後ろ盾を求めた。
(遣隋使、遣唐使など)
それは権威付けの為だった。
中国が不安定な時代は日本の天皇に後ろ盾を求めるようになった。
(藤原氏や、江戸時代の徳川政権など)
これも権威付けのためだった。
これらの後ろに隠れているのは、不安や自信のなさ、なのでは?
一方変わってヨーロッパではたくさんの国がひしめく中、教会組織が各国の政権と結びつき、大きな力を持っていた、と言われる。
ヨーロッパではたくさんの国がひしめいているので、(まして、日本のように国土の周りを全て囲まれているわけでは無い)常に内憂外患が存在していると言えそうだ。
教会組織は民衆からの信仰(人心や資金)を集めているので、それは各国の王族からすれば、自分たちに欲しいものだったろう、と私は思う。
政権が国教として認定することで教会組織は、その国で活動する大義や後ろ盾を得ることができ、ときには資金援助を得られることもあったろう。
そのまた逆も然り。
繰り返しにはなるけれども、国の財政が疲弊しているときには教会組織からの資金援助を求めたこともあるだろうし、人心を集める(徳の高い)協会組織を後ろ盾に政権を維持しようとする動きもあっただろう、と思う。
問題が2つあって、1つは政治を収めている人の徳(精神年齢)が足りないこと。
2つ目は、物理的に国がたくさんあるために不安定だったこと。
現在は、一応ヨーロッパ連合という緩やかな形での1つの国として機能しているヨーロッパがあり、(なんかもうすぐ崩壊するかもって言われてるけど)アメリカ合衆国という緩やかな形での1つの国として機能しているアメリカがある。
ちょっと形が違うかもしれないけど、ASEANやOPECなども、緩やかな形という意味では、1つの集合体と見ることができそうだ。
それでメモから持ってくるなら、1つの集団に対して必要だと思うものは、
・1つの集団であること。
(競合する相手がいないという意味での安定さの確保)
・徳を備えた指導者であること。
(民衆から信頼を得られる位の精神的な年齢の高い人)
そうすれば、不安や自信のなさというものは払拭されるように思う。
理由は、人心が離れる事はなく、安定的に治めることができるからだ。
そこに不安要素は無い。
いわゆる陰謀論や、世界経済フォーラムなので目指されているのは、ワンワールドというものらしい。
世界を1つのグループとしてまとめる、という概念なのだそうな。
どんな技術や知恵、知識だとしても同じことなのだけれども、使う人の心次第によって、良い方向にもなって悪い方向にもなる。
このワンワールドという試みが、なされたとして… 1番上に据えられる人たちが民衆から信頼を得られる位の徳(精神的年齢)の高い人たちならば、良い仕組みとして作用するように思う。
問題は…その人をどんな形で発掘し、据える理由をつけるか、だろうと思う。
世界経済フォーラムの現状では、どうやら…AIや、クラウドにアップロードされた過去の為政者が想定されているらしいけれども…。
さて、一般人の僕らには、とりあえず見守ることしかできなさそうだけれども…。
何か、介入する手段があるのだろうか…。
『添加物が体に悪い』と言うのは、有名な話だけれども、同じことを言っているのかもしれないけれども、言い方があるように感じる。
私は主婦をしていて、一応普通の人位には上手に料理は、できると思っている。
農薬や添加物にはなるべく気をつかっているし、そうであっても料理をしたくないなぁと思う日もあるわけで…。
血糖値が下がる薬を現在は服用していることもあり、お腹が減ったときにはものすごくひもじい思いをする。
だから簡単な間食で手軽に済ますことも昔よりは増えた。
今は食事制限ダイエット法も併用していることから、毎食のカロリー計算に煩雑なことが多い。
加えてコロナ後なので、あまり家の外には行かないようにしている(ので、買い物は主に通販だ)。
このような状況の中で、生の魚から朝にすることを当然のように要求されるのは、非常に心苦しい。
肉のパックですら、買って食べないような生活なのだから…。
そんな状況で、食品添加物が、どうしても生活の中に入ってくるのは仕方がないと思われる。
体に良いものを選ぶようにしているけれども、そう言われてしまうと…ものすごく理不尽を感じる私がいる。
だから、責められると感じるのは私が悪いからだろうか?
もちろん、私は女性なので、『家庭に入って料理をしなければならない』、『美味しい手作り料理を作るのは当然だ』、みたいなバイアスがかかっている。
バイアスというか…私の表現で言うならば、心が言葉の鎖にがんじがらめにされている状態のような感じ。
なので、『昔の人たちのように、一切手抜きをせず、材料から添加物を使わず料理をしろ、それが当然だ、お前はそれができないのか、だから病気になるんだ、因果応報だ』と、すごく心の中で責め立てられているように感じる。
『理想論ですよ、その人の言っていた事は。』と、彼の理想に達していない私はそう自己弁護したい。
その人は男性でしたけど。
でもこの人のYouTubeチャンネルは、興味深いことが多いので時々見るようにしている。
毎回毎回、心をさいなまれながら聞くだけの価値があるかは、まだ判断しかねているけれども。
一応、彼の価値観は昔の価値観であるものの、新しい世の価値観であるとされているのだから。
きっと、もっと上の世界があるのだろう。
そういう人は世の中にどんどん意見していけば良い。
私なんかより、ずっと新しい世に対してもお役に立てるのではないだろうか。
ずっと新しい世に対してもお役に立てるのではないだろうか。
でも多分その人は…自分の周りに愚痴ってるだけなのかなぁと、個人的に感じてしまうのが残念だ。
私の場合の心不全になったきっかけを書こう。
同じきっかけをたどって心不全の人が増えないように…。
きっかけは4つ。
1つ目は、就寝する際の体の冷えからくる咳き込み。
特に、以前は(10年以上前のことだけれども)居間と寝室を分けていたので、就寝する際には寝室は寒かった。
それで咳き込みが続いていて、病院に相談したところアレルギー性の咳喘息のいっぽ手前と言われた。
それからその症状を抑えるための薬を何種類か10年以上使用していた。
きっかけの2つ目は、その薬の内の『アドエア』と言うものだった。
医者からの説明だと、『1日2回でしっかり効きます』と言うことだった。
後で分かったことだけれども、これは『1日3回以上使わないでください。頻脈を引き起こす可能性があります。』と、いう注意書きが薬の取り扱い説明書に記載されていた。
体内での薬の残留濃度が高すぎる場合に副作用として現れてくる、という事のようだった。
調剤薬局で処方される際には、薬剤の取扱説明書(詳細に書かれたもの)をもらう機会は少ない。
(薬局側が患者に説明するための、平易な書き方をしたものは配付されるけれども)
3つ目は、ウイルス性胃炎。
インターネットで調べたところ、特に原因が見当たらない場合はウイルス性胃炎という診断がつくらしい。
ぶっちゃけ『わからない』ということなのだろう。
病院で対処的な処置薬を2種類ほど処方された。
4つ目は、空腹時に経口補水液を飲んだ、ということ。
ウイルス性胃炎と診断がつき、薬を飲んで安静にしていればいいかなぁ…と思っていた夜に、咳き込みとともに吐きたい衝動に駆られる事が何度もあった。
夫(医療知識は特になし)に相談し、「吐きやすくするために、何か胃に入れたほうがいい。経口補水液(実際は商品名)とか。」というアドバイスをもらった。
後で、その理由を聞くと『胃に何も入っていない状態で吐こうとしても、苦しいだけで何も出ないから』ということだった。
以上の経緯から、経口補水液を飲んでも吐けないな…というのが一晩に何度も続いて、その結果横になっても寝苦しくなり、朝まで机に突っ伏したまま一晩を明かした。
体全体がむくんで、普通に座っているのも辛かったので、夫に相談して病院に連れて行ってもらった。
病院では、寝台に横になって両手足で血圧を測定する装置を使って測定をしたところ、脈拍数が200を超えていたと結果が出たそうだ。
それで、市内の大きな病院へ、緊急入院をすることになった。
病院では、1日に飲む飲料水が1.5リットルに制限された。
それとともに、利尿剤が何種類も使われ、下手したら10分に1回の頻度で、催した。
体全体がむくんでいたので、足むずむず症候群が激しかった。
病院のベッドの柵は、幸いにも金属だったので、クーラーで一定の温度に室温は調節されていたこともあって、むずむずしていた足の部位を冷やしてムズムズが治ることも学習した。
足むずむず症候群は、もしかしたら、むくみと関係があるのかもしれない。
体のむくみが、ある程度取れるまで、ほとんど眠ることができなかった。
もしくは、意識を失っていた時は寝ていたのかもしれない。
それから、なんやかんやあって1ヶ月ちょっと。
退院の運びとなった。
もしかしたら、イエスさんが生まれて誕生日を祝ったことがきっかけで、個々の人間の誕生日を祝うようになったのかもしれない。
そう思った理由は、日本の昔の誕生日の迎え方は、正月を迎えたら皆1歳を取ると言う考え方だと聞いたことがあるから。
数え年も相まって、12月31日に生まれた子は、次の日には2歳になる。
今考えるとちょっと不思議な感覚…。
14万4千人というのはキーワードになっているのだけれども、その人数を超えたら何が変わるのだろうか。
1つ考えられるのは…全体の認識が一気に変わるのではないか、と言うこと。
すると価値が逆転してしまうかもしれないなぁ…。
おそらく一般的な話として、タバコは今、昔ほど害があるものだとは認識されていないように。
車に乗って家に帰っている途中の風景を見てもしかして…と思ったことがある。
何の話だったか覚えてないんだけれども、十字架が3つある山に避難すれば助かる、と言う事について、もしかしたら…テレビの受信施設がある、山のことなのかな…。
そのことについてメモを取ったときのメモによると…飢饉は来るが、十分に食料はあるけれど汚染されている…(ので、多くの人は助からない)。
人間の中に電気がある。
畑で働くべし。
(これは多分、野菜などを自分で作って食料等を確保しようということだと思いました。)
日本から世界へ
東洋的思想、宗教観を埋める。
食料の汚染については、どの汚染が適当なのだろうかと、よくわからない。
当たりをつけるなら、遺伝子組み換えか、農薬か、放射線か、食品添加物か、砂糖(糖類)か…考えたくないけれども、スパイクタンパク質か…脳への刺激が強いアミノ酸系調味料や香料、カフェイン、精製塩…萎縮させることがわかっているアルコール類、まだあまり公には表示されていない有機水銀汚染、マイクロプラスチック汚染の話もあるし、アルミニウム汚染の話もある。
気づいている人はもうとっくに離れていると思いたいけれども、フッ素汚染。
なかなか難しいトランス脂肪酸汚染…。
最近聞いたところによると、コンビニの店内で調理で使用される食用油には、シリコーンが添加されているという。
シリコーンと言うのは、ノンシリコーンシャンプーで有名になったと思うのだけれども、主に工業系で使われるもののようだと言う事は、シリコンを検索で調べたら出てきた。
少なくとも、私が見たホームページの製作会社では、シリコーンを食用に使用する事は前提にはされていないようでしたね。
一応私も人間で、生存本能はあるので、やわらか戦車のように、とりあえずは生き延びたいと考えている。
やわらか戦車のように、とりあえずは生き延びたいと考えている。
日々の生活でどれだけ気をつけても、それらを排除しきることはできないけれども、努力をすることは必須かなと思っている。
たくさんの日本人が生き残れることを願っているが…シェディングが、かなりきついようなので、難しいかもしれないのかなあと思う今日この頃。
私が考える予言や予測が当たらない理由は、結果がこうなる、と予測されて発表されたら、多くの人の目に留まり、彼らの中でその結果に都合が悪い人たちはその結果にならないよう動くため。
良い方でも、悪い方でも。
善悪2限論ではないですけれども、様々な立場の人がいて、今でさえ、それぞれがポジショントークをしているのが常だから。
誰が言い出したのだろうか。
コンビニでフェアを打ち出したのがきっかけで2月3日に恵方巻を食べるのが定着してしまっている。
元は、どこかの地方での芸者遊びだそうな。
さて、男根信仰と言うのは日本各地で残っているのだそうだ。
お地蔵さんのように拝む対象となっているところもあれば、オブジェクトとして形を採用しているというところもあるようだ。
私は、オブラートに包んだ書き方をしたり、気を使ったり例えを出したりすることが多いのだけれども、それをやっても相手に意図しているところが全く伝わらないことが多い。
だから、隠さない時期もあったが、その時期に隠せよと言われたことがあった。
個人的には、じゃあ理解しろよと思うのだけれども、それは傲慢なのかな…。
切らないのり巻きを食べる事は、アイスキャンディーやチョコバナナを食べる様子と似ているのではないかと思う。
それを連想させる…というか、それを意図してチョイスしたのではないだろうか。
海外の人がそれを知ったら、褒めるだろうか、引くだろうか。
さすがエロ大国日本ですね、と。
恵方巻自体は食べ物で、あんまり体に悪いものは入っていないと考えたいのだけれども、裏に意図しているものが見え隠れしているのなら、何が画策されているのかを調べて、賛成と思えば参加すればいいし、嫌だなと思えば参加しなければ良い。
ワクチン接種も同じようなものだが、恵方巻は、そういうものの試金石というか指標になりそうな感じですよね。
平和ボケの日本人は、ほんとにカモにされているような…。
カモがネギ背負って歩いてる?(=うまい)的な…。
ネギはお金かなぁ…。
元の語源は、賀茂神社と禰宜(ねぎ)らしいんですけれどもね…。
判り辛いですかね?日本人の皆さんには…。(笑えない
日本では、食事の際に『いただきます』と言う習慣がある。
以前主人から面白い話を聞いた。
海外の人が周りの人を気遣って「eat a duck and a mouse」と言う人がいると言う話。
それを聞いてからしばらく経って、今朝気づいたことなんですが、向こうの言葉に訳せば、『thank you』と言うことなので、普通に彼らも「thank you」と言えばいいんじゃないかと思った。
日本人が、いくら日本語に執着しようとも、学校教育なり、テレビなり看板なりで、英語文化には触れざるを得ないし、多分簡単な言葉なので、『thank you(ありがとう)』と言う意味位は、誰でも理解できるんじゃないかと思う。
感謝されて、嫌になる人は、そう多くないと思うのだ。
『 寄付』について、たまに考える。
少なくとも私の『寄付』の認識は、相手に見返りを求めないことが前提ですね。
私の中では、理解を求めてお金や物を渡す事は、『賄賂』に近いのではないかと考えている。
あぁ…自分にもブーメランが刺さって痛い。
ふるさと納税でお礼の品から納税する自治体を選んでいる私。
本当に志の高い人ならば、お礼の品を選ばずに、そこに納税するのだろう。
もしくは、納税上限を超えたお金を寄付するのだろう。
とあるユーチューバーさんの動画を聞いていてびっくりしたのは、市(訂正:県)に寄付をした人が、表彰式(訂正:贈呈式)をしてほしいと要望を出していることと(出せるんだ〜とか、出すものなのか普通?)、私に直接お金で寄付を出そうという感覚があるのはすごいなぁ、と言うことでした。
よく聞く話なのですが、日本人はケチで寄付をしない、そうです。
確かウィキペディア関係でそういう話題が出たことがあったように思います。
アメリカや日本でも、節税のために寄付をする事が多いとも聞きます。
寄付金額によって一定の割合%が免税されるという仕組みがあるようです。
(私は詳しくはないので、気になる方は調べられてみてください。)
聞いた話によると、その免税を適用されるためには、寄付額が分かる領収書みたいなものが必要だとか。
まさかとは思うが、その免税を利用するために、子会社等に資金提供したり、一般社団法人等を作ったり、政治献金をしたり…するのはどうなのかなと思う。
話に聞くに、アメリカの大企業などでは、先に投資する先の会社の株を大量に買った後に、大量の寄付をしてそれをもとに成果を出す、とお金が数倍に膨れると言う話も…。
事実かどうかは、個人レベルでは確かめようがないので、今後の解明を待つしかなさそうだ。
三国志より前の時代から、中国では賄賂がはびこっていて、政治体制がダメになってしまったと言う話が繰り返されているのだけれども、今もそれは変わらないようで、しかも、その内の1つの国を美談や理想の国として日本では多くの人に話も伝わっているはずなのに、その出来事を反面教師とせずに、ツールとして使っている人たちが、なんと多いことか…。
孔明が嘆きそうですね。
孔明と言えば、中国には今も彼の子孫の方々は村を作っていると言う話がある。
そこの村の人々は、医学者が多いのだと言う。
人の役に立って、食いっぱぐれることがなく、人から尊敬される職業だからというのが教えられているそうである。
架空の話ですが、日本にもブラックジャックがいて、その話を読んで医学を志した人も多いのかもしれない。
先日、久しぶりに医者と接して、多忙極まりない毎日を送られていることに、頭が下がる思いをした。
この時期になって、未だ患者にワクチン接種を進めているのは個人的には安心ができないけれども、一応、現代の主流医学として流通している概念と理論では、それが有効的である、とされているので、一応専門知識を持つ彼らとしては、自分を頼ってくる人たちを助けてあげたいと言う気持ちが、どうしても働いているんじゃないかなと思う。
しかしながら、仕事が多忙極まっているために、新しい知識を入れたり、疑っても実験や調査をする時間が確保できないのではないかと思う(もちろん気力も)。
個人病院を開いている人なら、人件費や経費等もかかるしもちろん税金も重くのしかかっているので、何とかやっていくために続けざるを得ないという状況も拍車をかけているように思う。
特にワクチンに関することについては、医者に知識をつけてもらいたいのだけれども、どうしてもそれが望めないと言うのならば、やはり…多くの国民がワクチンのデメリットを知り、ワクチンを打たないようになってメジャーではなくなる…という方向になっていかないと、どうしても変わらないように思える。
メディア等は、その性質上、話題性のある、耳目を集める事を取り扱うことが多い。
現在の流れでは、良い方向かどうかわからないけれども、SNSでの話題性が大きくなって、そこからメインメディアに波及して、視聴者に伝わり、個々の行動が変化して行くと言う流れになりそうだ。
問題は、それぞれの段階に移る途中で、個々のフィルターに入り、解釈がそれぞれ違うものになるということ。
その結果、統一して同じ所へ向かうわけではなく、バラバラに放たれる。
多分、予想もしていない方向へ結果が振れることもあるんじゃないかなぁ…。
そこから、何か『学び』を得て、向上するためにそれを生かすことができるのか…そういうのが問われているように感じる。
何年も前から、両極端を行ったり来たりしている。
こっちにはこんなメリットがあって、あっちにはあんなデメリットがある。
でもこっちも調べてみると、別のデメリットがあって、あっちにはそのデメリットは無い。
とか、
デメリットがあるのはわかっているのに、どうしても利用してしまう。
があるのはわかっているのに、どうしても利用してしまう。
など…。
依存性の罠、利便性の罠、固定概念の罠、考えれば他にもいろいろありそうだ。
いろんな罠とか自分の癖とか障害物を乗り越えていかなければいけないのかもしれない。
ゲームも、だいぶハードモードになってきたようだ。
私自身はゲーマーではあるけれども、そこまでコアでもマニアックでもないので、どこまでついていけるか…先行き不安である。
YouTubeの動画を聞きながら、やっぱりアンチコメントっていやだよねーと思った。
私がユーチューバーをしていた時も、極々たまに(私から見て)うれしくないコメントが来ていた。
私もYouTubeにコメントつけるのだけれども、感謝を忘れないように気をつけながらも、やっぱり相手は嫌なんだろうなぁ、と思う。
だけれども、前ずっと追っていたユーチューバーさんが、アンチコメントをどんどんブロックしていて、結局その人にとって見えるコメントは自分を『イイネ』するコメントに、ほぼなってしまったらしく、(言い方は悪いけれども増長して)ついには自分は教祖だと名乗り出してそのチャンネルの中で宗教のようなグループ組織を作り上げてしまったのを覚えている。
YouTubeの機能として、コメントにフィルターをかけたり、表示するコメントをチャンネルのユーチューバーが選んだりすることができる機能が付いている。
それ自体は、YouTubeがユーチューバーと言うユーザー守るための対策でしかない。
私も極々たまに来る嫌なコメントを見てすごく気分が落ち込んだし、その上でそのチャンネルを続けていく人の心理もなんとなくわかる。
アンチという括りでレッテルを貼って、嫌なコメントが来たら、あぁアンチからなんだなぁと心の中でアンチの箱にそのコメントをそっとしまい、引き出しを閉める。
そうすることで、自分を強く正当化しなければ、次の動画の制作にかかることができないからだ。
私はこれができなくてYouTubeを止めたんだろうと自身で分析している。
彼らはアンチと言う仮想の敵を作っているのだけれども、実在するか、実在しないかは、定かではないと思う。
実は、自分の知り合いからコメントを付けてもらったことがあって、コメント自体を見ると、少々気持ち悪かったのですが、ご本人さんは、いたって真面目な方なので…ということがあった。
これが、インターネットが持つ仮面(ペルソナ)の力なのかもしれない、と思った。
私の動画が、趣味の領域に分類されるから、その辺と共鳴したのかもしれない。
どちらにしても、アンチと言うグループ自体が存在しないのではないか、と私は考えていることを強調しておこう。
(グループ分けをしているのは、言われた人なのだから。)
本当は、誰もいがみ合わない世界が早く来ると良いと思う。
しかしながら、それは理想の世界であって、このリアルの世界で生きている私たちにとっては、それはもう本当に理想郷で…実在しない世界なのではないかと思う。
それと、話は変わるのだけれども…熊本地震の時に真実系のサイト運営されていた方の家のすぐ脇が震源になった、とご本人がサイトに書かれていました。
(その方は別の地域に引っ越しをされていて、サイトの運営者も変わっています)
その方曰く、「アメリカの機密情報をたくさん持っているから狙われたんじゃないか…」と。
本当かどうかは、『神のみぞ知る』の世界だと思いますけれども、もしそうならば…直下型地震の震源地付近には、陰謀系や真実系などのアメリカの秘密組織にとって都合の悪い情報を握っている人たちが、いたりするのかもしれませんね。
調べるの難しいんでしょうけれども、それはそれでとても興味深い話です。
私もしばらく前までは陰謀論にどっぷりとつかっていた身なので、別にそれは悪いことじゃないのではないか、と今でも思っている。
なぜならば、陰謀論に触れることで世界や社会の見方がちょっとだけ変わり、別の視点からものを見ることができるようになるからですね。
そうですねー…スピリチュアルで言うところの『少し深くなる』と言うのと似ているような気がします。
私のここ数ヶ月での陰謀論の捉え方は、ノスタルジーか懐古主義の残骸なのではないかと考えている。
陰謀論や真実系での電子レンジの音は相変わらず『チーン』だったりします。
ここ5、6年のものを見てみると簡単なメロディーラインが流れたりするものが主流になっているように思います。
でも陰謀論を知ることで電子レンジの出始めはこうで〜とか、普段はあまり考えもしない電子レンジのもの温める原理について、一時的とは言え関心を寄せることができる。
一時的とはいえ、関心を寄せることができる。
これは、普段使っていない脳みその領域を使うことでいつもとは違う新しい刺激を脳に与えることができると言うメリットがあると私は考えている。
もう一つの、割とありかなと思われる陰謀論の捉え方としては、『原理を知らなくても使用することはできる時代だからこそ、教養としてもしくは、取扱説明書の注意書きを理解するために』という側面もあるように思う。
もしくは…現代における『トリビア』にも代わるものかもしれない。
これまで書いてきたように、私のスタンスとしては、別にアリなんじゃないか、ということ。
本人の経験になるなら、『すべては血となり肉となる』とすればいいじゃないかと言うこと。
現在の私は、陰謀論から少しだけ距離を置いている感じですかね。
真実系の話も、結構面白いものも多いですよ。
スピリチュアルも、少し距離を置いて付き合えたら、得られるものもあるかもしれませんね。
結局のところ…年月は流れるし、大半のいわゆる『大衆』がこの国を支えて、この国のブームを作って、この国の世相を作っていくものだから…。
戦争でどこの国が勝ったとしても、そこの土地で暮らしている農民は所属が変わるだけで、ずっとそこに暮らして畑を耕しているのと同じことだから。
農民からすれば、税金を納める相手が変わるだけ。
税率がちょっと低くなったら、『いい領主様だ』と、なり、税率が高くなったら、『ひどい領主様だ』となる。
ちょっと上からの言い方になるけれども、この例えで出てくる農民は、土地を放棄して別の国のところで農民になるという選択肢もあるはずなんですが、農民の価値観においては、この土地は先祖代々耕してきた大切なところなので、もしくは、ここの土地で農民をする以外の選択肢を知らないがために、『他の土地へ行く』という選択肢が、そもそもないのかもしれない。
ちょっと話は変わるけれども、日本は島国だとよく言われる。
日本人はもの知らずだとよく言われる。
鎖国政策を昔していたからか?
陸続きで他の国とは接していないからか?
それとも、特殊な事情で情報の封じ込めが行われているからか?
最近、物価が高くなってどうにかしてくれ的なことを政治家が言われて、『慣れろ』的なことを発言したことが叩かれているという認識が私にはあるのだけれども、叩いた人たちはもしかしたら、世界情勢について全く関心がないのか全く無知なのかもしれない。
一応テレビや新聞などでも、中東情勢を伝えてはいるし、『フーシ派』という文字が紙面に大きく掲載されているのも、見かける。
『物価が上がっているんですどうにかしてください』と政治家に言われても、手に余ることだし、世界を眺めてみると、日本よりも物価が高騰している国も複数ある。
どうしても日本でなければいけないわけではないのならば、もっと物価の安い国に移住すればよいのだ。
現在では、国交も結ばれていて、正式な手順を経れば外国に行くこともできるし、外国に住むこともできる。
もちろん、そこに大きな勇気や費用がかかる事は否めないけれども…。
その選択肢を放棄していながら、文句を垂れる事は、その選択肢を知っている人からすれば、ただの甘えに外ならないように思う。
今後は、ますます物価が上がることがかなり前から予想されている。
陰謀論や真実系などに触れている人たちは、そのことは、とうに承知だ。
だから備えている。
日本は火山大国で地震大国なのだけれども、他の国に比べて(あまりに頻発しているゆえに?)国民は地震慣れしていて、『まぁ何とかなるさ今までも何とかなってきたし』と考える人たちも多いようだ。
日常を壊したくないという正常化バイアスが無意識的に働いているとは思うのだけれども、備えている人たちから見れば、あまりにも無知に思える。
一昔前のその界隈では、『お花畑』と揶揄されているのも納得できる。
一般の人たちも、そろそろ自分たちの置かれた状況を俯瞰して見る必要があるのではないだろうか。
状況は大体上に書いたけれども…。
なんか、タイトル出オチになってるんですけど…。
ユーチューバーのヘライザーさんの動画を時々思い出して、『ふわふわ もこもこ 真っ白』が移って、時々口癖になってしまっている。
口に出して言いながらこれがヘライザーさんの癒しになっているんだなぁと思っていると、フッと連想が飛んで、オイルショックの時を思い出した。
といっても、その頃は多分私は生まれてないんですけれども…。
当時の日本人にとって、またタイトルにも書いた通り、ふわふわで柔らかくて真っ白いトイレットペーパーという存在は唯一とは言わないまでも、一般大衆にとっては癒しの象徴だったのかもしれないなぁ…と思った。
現在では癒しの対象がたくさん増えているので、唯一にはならないのかもしれない。
例えば…ぺットの存在だったり人によっては嗜好品のお酒だったりチョコレートだったりするのかもしれない。
私の話では無いのだけれども、私の祖母が実は昔猫を飼っていたというのを、ちらっと話したことがあった。
その頃は、猫って面倒でやだ、と言ってたんですけど、それでも年配になればなるほど、そういう癒しが欲しかったのか、柔らかいまるで猫そっくりの猫の置物を玄関先に置くようになっていたようだ。
祖父からは多分何も言われなかったのだろう、うちの実家は女らしいものがあまりなかったから…。
最近、知り合いとのやりとりの内に、おぼろげにわかってきたことがあった。
それは、
細胞寄生性増殖型ウィルスが目指しているところはおそらく幹細胞で、間細胞の増殖速度の競争になっていると言うこと。
目指しているところはおそらく幹細胞で、幹細胞の増殖速度の競争になっていると言うこと。
ウィルスが規制した細胞のRNAを乗っ取った際にウィルスのRNAを挿入する際に、本来のRNAのあり方とは変わるために、本来の細胞は必要とするタンパク質を作る際にミスプリントを起こしてしまう、と言うこと。
寄生された細胞が幹細胞の場合、細胞複製がうまくいかないため、その細胞自体が幹細胞としての機能喪失してしまうと言うこと。
複製がうまくいかないため、その細胞自体が幹細胞としての機能を喪失してしまうと言うこと。
人間の体細胞と言うのは複製できる回数がテロメアによって定められており、その回数自体で人間の寿命が決まってしまうと言う側面がある。
このことから、まずは細胞寄生性ウィルスなどに曝露しないことがまず大切だということがわかった。
次に、どういう理由であれ細胞が死ぬ際に多量の活性酸素を放出し、その活性酸素が周辺の細胞傷つけると言う悪循環を止めるために、抗酸化物質(例:ビタミンCやアスタキサンチンなど)の含まれる食物などを積極的に摂取することは重要のようだ、ということ。
次に、吸気からの活性酸素を減らすために、なるべく鼻呼吸をするのが大切、だと言うこと。
体型の肥満状態や、生活のリズムが不規則になることで体の細胞自体が活性酸素を出してしまうと言うことがわかっているので、肥満状態の解消や生活のリズムを整えるということが重要になってくる、と言うこと。
それとこれは直接的に関わりがあることでは無いのだけれども、目に眩しいと思える刺激はなるべく避けた方が良いと思われます。
理由は、眩しいと感じると言う事は、目の状態に対して刺激が強すぎると言うサインだから、と言う事だと思うからです。
また、ストレッサーが多い環境に身を置いていると心も疲弊してくるので(多分脳神経系と関係がありそう)、ストレッサーが少ない環境に身を置くようにするなど、生活環境の改善を図る必要があるように思いました。
…つまりまぁ…お母さんは偉いってことさ。
本体は、新規や中古で、まだ少量流通している模様(2024年1月現在)。
充電器は、『ACアダプタ05』。
これは、ドコモショップで販売されている。
2024年1月20日時点では、税込価格で3,080円でした。
4G対応のシンプル機能なのが個人的にアリ。
データ量的に5Gは無理だと思うので、現在使用している携帯電話が壊れた時の予備にする予定。
小さくて薄くて軽くて、電子ペーパーなのも、魅力ですね。
電子ペーパー技術は、日本でもまだ珍しく…実用化されてるのは一般市民的には、これ以外でほとんど見た事が無いですね。
実際には色々あるのかもしれません。
一応インターネットも出来るそうですが…画面が小さいので、ストレッサーになるかも…。
シンプル機能だけ求める人には、おすすめです。
…と、言っても、こういうのを探す人は、5Gに警戒している人だけなのでしょうね…。
個人的には、家族用にもうひとつ買いたい。
時間と費用の競争ですね。
そろそろみんな、幻想から抜け出してもいい時期なのではないだろうか。
この例の中には、私自身もなかなか抜け出せないものも含まれるけれども…。
あ、過激な記事です。
ぶっちゃけた話、
選挙は政治家の就職活動…だし、
食べるものは大体炭水化物とタンパク質と脂質とミネラルで出来ている…し、
クッキーとケーキの原材料はほとんど同じ…だし、
紅茶と烏龍茶と緑茶は同じ原料から出来ています、し
同じものでもフレーバーテキストや箔、限定がつくと高く価格設定されている、し…。
ゲームもフレーバーが違うだけの作業でしかない。
どれもがそれぞれが纏う雰囲気という幻想があるだけ。
まぁ、実害があるものもある。
実害なので、物理的に人間の体を侵すものだけれども…。
幻想と実害のあるものを見分けて、自分の道をそれぞれが選びながら進むしかないように、私は思う。
お皿などを洗うたびに濡れた手をタオルで拭く。
すると、タオルで拭くためにタオルは濡れていく。
濡れたタオルで手を拭いた時に、どんどん家事をするのは嫌になっていった。
どんどん家事をするのが嫌になっていった。
濡れたタオルを、新しく取り替えて乾いたタオルにすると、乾いたタオルに手が触れ、また続けようと思った。
なので、家事を楽しく行うために、乾いたタオルをいくつも用意しておく事は、とても有用のように思った。
なので、家事を楽しく行うために、乾いたタオルをいくつも用意しておく事は、とても有用のように思った。
一応、これは個人の感想です。
薬剤師さんに聞く機会がありました。
それによると、コロナ直後の頃に、風邪薬を一般客が買っていたので、ドラッグストアなどで風邪薬が品薄だったそうです。
調剤薬局でも品薄だったけれども、しばらく前から増産されて、平常に戻っている、のだそう。
これを書きながら思ったのですが、その時期も中国人観光客による風邪薬の爆買いとかも、重なっているのかもしれないなぁ、と…。
中国では漢方薬も扱われていますが、聞くところによると西洋の薬も扱われているようです。
しかしながら、中国の国民が化粧品お薬を日本に来てわざわざ購入すると言う背景には、製品が確かだから、という話も聞いたことがあります。
しかしながら、中国の国民が化粧品お薬を日本に来てわざわざ購入すると言う背景には、製品が確かだから、という話も聞いたことがあります。
中国の方々は、血縁関係をとても重視していますので、身内は助けたいと言う考えがとても強いと聞いています。
、血縁関係をとても重視していますので、身内は助けたいと言う考えがとても強いと聞いています。
中国でも、新型コロナは大流行していたようなので、やはり日本にたくさんの方が来て風邪薬を求めていかれたのではないか、と思いました。
陰謀めいた話で、田中さんが見たのは、線香ではなく、閃光だったのではないか、という話が出ている。
東北沖地震(3つの震源)や熊本地震、能登地震、ハワイのマウイ島の火災などにおいて、青や緑(うろ覚え)の閃光が確認されているという話もある。
画像加工自体を素人も手軽に出来る時代なので、なんとも言えないのだけれども…。
カリニ肺炎、白癬菌関係、あとは…狂牛病、ですね。
分かる人は、分かる。
分からない人は説明しても分からない。
ここのbloggerもGoogle傘下なので、多分あまり書けないでしょう。
タイトルは、角栄さんの娘のことなのかもしれない。
線香…ボケたフリをしながらも、暗号として伝えようとしている気がする。
惑にしても、まるで家庭内暴力を受け入れざるを得ない心理状況なのかもしれない。
いきなり実家をアレされるのは、政治的とはいえ(政治内暴力とでもいうべきなのだろうか?)精神的に物凄い苦痛だろうと思う。
早く立ち直れるとよいですよね。